ヒルデガルダの剣                               斉藤 武人

 

 

 銃弾と剣戟が交じり合う戦場、その中を年若き騎士が駆ける。

 斉射と斉射の間断にある一瞬の隙、それを狙った迫撃。

 決死の砲兵が斉射により敵を怯ませ、その頭上を騎兵が飛び越えていく。後詰の歩兵達が乱された敵を薙ぎ払う。

 敵の戦列に動揺が走る。若騎士の突撃により分断された敵陣は堅牢を失い、打ち倒されていく。陣形の維持すらままならぬ、乱れに乱れた足並みで、突破された穴を埋める事すら適わなかった。

 かの騎士が振るう槍先は、敵陣の要所要所に向けられ、正確無比に敵軍を貫く。脇に従う騎士共は銃を携え、敵を打ち抜いていく。一陣の疾風よりも早い神速で、敵軍を穿つ。

 最早、大勢は決した。戦列を支える馬防柵は打ち倒され、身を隠す壕は踏み越えられる。怒涛のように押し寄せる波が、騎士の穿った隙を中心に押し寄せ、敵陣は味方の姿で埋め尽くされていく。歯向かう者は百の槍衾に押し潰され、逃げる者は千の弾丸に追い立てられる。逃げ惑う敵兵は武具も防具も打ち捨てていた。それに群がる兵士も少なくない。戦場の様相は様変わりした。兵隊の号令は野獣の咆哮に掻き消され、銃弾と剣戟の交差は悲鳴に埋もれていく。

 若騎士は追撃する軍勢の最前を駆けていた。逃げ惑う敵軍を銃弾で散らし、立ち塞がる者を槍で薙ぎ倒す。理性を失った戦場の中で、若騎士率いる騎士団は異彩を放つ。彼らは声一つ漏らす事なく、不気味な程執拗に敵軍を追撃している。

 騎士団の目には、逃げる兵卒も打ち捨てられる武具も映らない。騎士団の体は、掠める銃弾にも振るわれる槍穂にも止められない。

 彼らが狙うは只一人――帝国軍を率いる領主の首のみ。

 逃げ惑う歩兵達の向こうに、敵の騎士団の姿が見える。折れた旗を掲げ、剣のない鞘を掴んでいる。戦場の混乱を一手に引き受けているのか、敵の騎士団は味方であるはずの歩兵達を蹴散らしながら逃げ惑っていた。

「送迎の銃弾を!」

 騎士団が騎銃を斉射する。敵の騎士団は足並みが乱れ、散り散りに逃げ回る。統率を失くした敵の騎士団の中心に、赤い羽根の騎士が怒鳴っている姿を見る。

 若騎士は槍を裏手に持ち替えた。石火の速度で電光のごとき槍を投擲する。

 槍は吸い込まれるように、赤い羽根の騎士の肩口に命中した。

 打たれた騎士は勢いよく落馬する。その周囲を若騎士達が取り囲んでいた。

 かの若騎士の名は、ヒルデブランド。スラヴェニアの第三王子であった。

 

 

 

 軍営は戦勝の美酒に浮き足立っていた。そこら中に酒杯が散らばり、各々の武勇伝に花が咲いている。ある者は収奪した戦利品を交換し、ある者は戦いの手柄を誇っていた。

 兵卒達の祝宴から距離を置く幕舎があった。その幕舎は他のものより一際大きく、数人の衛兵が控えている。中には、数名の鎧姿が伺えた。

「見事な活躍でありました、ヒルデブランド殿。王都にいらっしゃるお父上殿も喜んでいる事でしょう」

「いや、此度の戦果は私だけの力ではありません。我々スラヴェニアに、あなた達エジンバラが協力してくれたおかげです。改めて、感謝致します、アーバス殿」

 

 幕舎の中は二陣営に分かれていた。一方は北方の国スラヴェニアの人々、他方は南方の国エジンバラの人々に分かれている。両派は対峙し合うように、自国の者同士で固まり、やり取りは大将を通じてのみ行われている。

「それにしても、ヒルデブランド様の采配は見事の一言に尽きる。いや、あのように戦はするものなのだと学ばせて頂きました。流石はスラヴェニアの英雄」

「英雄などと言われる程の者ではありません。今回の勝利も偶然に依る所が大きい」

 浮かれた言葉を交し合う両陣営の眼光は鋭い。穏やかな笑みを浮かべる両陣の大将と、奥に控える陰険な目つきの幕僚達。表面上は友好的だが、その水面下では陰謀が渦巻いている。

「ご謙遜なさるな。貴殿の騎士団は見事であった。我が軍も見習うべきだ」

 世辞の応酬に、冷やかな言葉が突き刺さる。声の主は隻眼の偉丈夫。文官や貴族ばかりの中で、歴戦の武官であるこの男は異色な存在であった。

「貴方に褒められるとは面映い、ドレイク将軍。貴方の堅実な指揮があったからこそ、私の活躍はあったのです」

「茶番での賞賛は面白くない。下がらせて頂く」

 一言二言の言葉を残し、ドレイク将軍は幕舎から出て行く。

「あの男、元は傭兵でして。おそらく、生まれが下賎なのでしょう。ご気分を害されたなら、代わりに謝り申上げます」

「粗忽者が将軍をやっている事自体、我々にとって頭痛の種なのです。何卒、ご容赦ください」

 エジンバラの幕僚達が口々に弁解をする。

「気にしてなどいません。我が軍の騎士にもあのような人が多い。それよりも本題に移りましょう、アーバス殿。我が妹ヒルデガルダとエジンバラの第六王子たる貴方の婚姻の話です」

「私と貴方の妹御の婚姻。帝国の侵略で有耶無耶になってしまいましたが、本当に宜しいのですかな? 他の姫君ならともかく、貴方とヒルデガルダ様は唯一の同じ胎から産まれた兄弟。並大抵の気持ちではありますまい」

「国王たる父上からは、今回の件における権限を委任されています。つまり、私の一存で婚姻の可否を決められる訳です」

「そういう意味ではなく、貴方は私が婿で良いのかと聞いているんだ。上に居る五人の兄弟は私より優秀で、権力もある。しかし、私自身は失態を重ね、こんな辺境に追いやられている」

「権限を委任されている以上、この婚姻は私の意志でもあります。此度の軍役を共にした限り、貴方は信頼に足る人物だとお見受けしました」

「ヒルデブランド殿! この私をそのように言ってくれるのか。信頼に足るなどと言ってくれたのは、貴方が初めてだ」

 感動にアーバス王子が立ち上がる。対照的に、エジンバラの幕僚達は冷やかの傍観している。

「それに帝国の襲撃は良い契機でした。元々、今回の婚姻はスラヴェニアとエジンバラの結びつきを強くする為――勢いを増しつつある帝国に対抗する為です。帝国の脅威が現実のものとなった今、我々の同盟は死活問題でもあります」

「なるほど。いや、ヒルデブランド殿の言葉はいちいち尤も。さぞかし、妹御も聡明な方でございましょう。対面するのが楽しみでもあります」

「そのように言って頂けるならば、ありがたい。それでは、婚姻の件は承服して頂けると考えて良いですか?」

「是非ともと言いたい所だが、私の一存では決められない。早速、王都に戻って、父上に伺いたいと思う。それで良いかな?」

「もちろんです。良い返事をお待ちしています」

 アーバス達、エジンバラの陣営はヒルデブランドの幕舎を出て行く。

 彼らが遠ざかった頃合を見て、ヒルデブランドの傍に控えていた幕僚の一人が進み出た。スラヴェニアの有力貴族、ヴァンゼルトである。

「本当に良いのですか、ヒルデブランド様? まさか、アーバスが信用に足る人物などと、本気で思っている訳ではないでしょう?」

「言うな、ヴァンゼルト殿。彼は善良な人物だよ。ただ、要求に応えられないだけさ」

「その無能こそ、致命的なのでは?」

「際限なき要求に応えられない事は罪ではあるまい」

 ヒルデブランドは苦笑しながら言う。

「国力の違うエジンバラとの同盟には代償が必要だ。我が妹を差し出す位の犠牲は必要不可欠だろう。昔から、同盟や和解には人質の交換が行われると聞く」

「しかし、貴方とヒルデガルダ様は同じ胎から産まれた兄妹。そんな妹君を人質に送って、本当に良いのですか?」

「人質ではない。婚姻だ。エジンバラも悪いように扱わないだろう。少なくとも、スラヴェニアに居るよりは余程マシな扱いのはずだ」

 頑ななヒルデブランドに、ヴァンゼルトは嘆息する。

「私は貴方達兄妹が心配でなりません、ヒルデブランド様。私は家督争いの際、貴方の母君であるヒルダ様に救われました。その恩返しがしたいのです」

「恩返しなら、十分受けているよ、ヴァンゼルト殿。父上に憎まれている私達兄妹が今日まで生き残れたのも、貴方のおかげだ」

「国王陛下は貴方達を憎まれてなど……」

「憎まれていないというのなら、何だと言うのだ!」

 ヒルデブランドは激昂する。

「国王を謀った魔女の子供として、囚人同然の生活にも耐えてきた! 愛する妹を人質に、激戦の極地へ赴かされた! 長年、敵対関係にあったエジンバラとの同盟も実現させた! 帝国の侵略から、国土を守ってみせた! この上、父は私に何を望む? この世界か? それとも、私の死か? 私の死こそが父の望みなのか!」

 幕舎にヒルデブランドの声が響き渡る。銃を構えた衛兵が幕舎に飛び入ってきた。周囲の様子に、頭が冷えたヒルデブラントは衛兵を下がらせる。

「すまない、ヴァンゼルト殿。取り乱してしまった」

「心中お察しします、ヒルデブランド様」

「少し疲れていたようだ」

「わかります、ヒルデブランド様。しかし、後少しの辛抱です。第一王子亡き今、国王陛下の跡を継げるのは貴方だけ。残る弟君や兄君は人望がないか、幼い。国王陛下が貴方を疎んでいても、他の王子が跡を継ぐ事は領主共が許しますまい」

「第一王子……ヴァンゼルト殿、第一王子と申したか」

「ええ、確かに」

「ああ、まだ私の憂慮の種が残っていた。その第一王子ハドゥブラントの事だ」

「憂慮の種とは如何ほどに?」

 深く頭を抱え込みながら、ヒルデブランドは話す。

「妻の父であり、私の義理の父である、貴方にこのような事を言うのは心苦しいのだが――第一王子暗殺について、貴方の良くない噂を聞いた」

「良くない噂とは?」

「暗殺の首謀者は、貴方だという噂だ」

 ヒルデブランドはヴァンゼルトを見る。しかし、困惑する様子も罪悪感の気配もなく、ヴァンゼルトは笑みを浮かべているばかり。ヒルデブランドの脳裏を、自分の父親やエジンバラの幕僚達の姿が掠める。

「全ては貴方の為です、ヒルデブランド様。亡きハドゥブランド様は人望こそあれど、お調子者。王の器ではありませんでした。スラヴェニアの王には、貴方こそが相応しい」

「認めるのか、ヴァンゼルト」

「いいえ。飽くまで噂は噂。先ほどの言葉も私めの見解に過ぎません。ただ、ハドゥブランド様よりも貴方が王に相応しいと申したまでです」

「貴方の行動は全て、スラヴェニア延いては私の為だと言う訳だな」

「その通りです、ヒルデブランド様。ご聡明で在らせられる」

「世辞は良い、ヴァンゼルト殿。貴方の言う事は疑わないでおこう。ただし、貴方のやり方を快く思っていない者が居る事は、ゆめゆめ忘れなさるな」

「このヴァンゼルト、肝に銘じておきましょう」

 恭しくヴァンゼルトは一礼する。

「しかし、ヒルデブランド様。政に関わる事は、万事快く清らかにという訳にはいきません。時には、手を汚す事も必要ですよ」

「手を汚す――例えば、戦闘に乗じて、エジンバラ軍に密偵を紛れ込ませる事か」

「どうして、それを!」

「私が何も気づかない愚か者とでも思ったか?」

「いえ、滅相もない。ただ、私としましてはエジンバラは信用ならない味方だと……」

「貴方の気持ちはわからないでもない。特にこの辺りは帝国ともエジンバラとも近い。何かと、きな臭い話が耳に入ってくる。特にアーバスのような者を遣わせてくる辺り、度し難い相手と言える」

「ならば、どうして、ヒルデガルダ様を……」

「だからこそだ。スラヴェニアで戦火に巻き込まれるよりも、エジンバラに居た方が安全だ。特に、王都は油断ならない。私にも把握できない程の権謀術数が渦巻いている。それだけ、政情が不安定だという事だ」

「私や国王陛下を含めて、でございますか」

「その通りだ。尤も、それを否定するつもりはないがな。して、密偵の首尾はどうだった?」

「残念ながら、失敗です。ドレイク将軍の陣容に隙はなく、潜り込ませた密偵は尽く捕らえられてしまいました」

「仕方あるまい。相手は何度も帝国軍を破っているドレイク将軍だ。お飾りのアーバスや政に忙しい幕僚ならともかく、彼に付け入る事はできないだろう」

「ドレイク、厄介な男が近くに居るものです。彼のおかげで、私の計画は大幅に修正しなくてはならなくなってしまった」

「私としては学ぶべきところの多い相手でもある。今回の戦役も彼が居なければ、結果は逆になった事だろう。敵するに恐ろしく、味方にすれば頼もしい相手だ」

 

 

 

 軍営の中を馬車団が通る。

 馬車を引き連れるのは、対照的な二つの人影。

 一人は長身痩躯の男。骸骨のように窪んだ目に、肩程まである長髪。黒いマントで全身を隠し、フードで表情を覆う。幽鬼とも死神とも見える彼は、只ならぬ様子で軍営を観察している。

 もう一人は少女と言うべき年頃の可憐な少女だった。花の咲き誇る薄紅色のドレスに、熟れた果実の赤き髪飾り。金糸にも見紛う髪は丹念に編まれ、少女の巻毛が零れ落ちないように支えている。宝石のような紺碧の瞳には燃えるような意思の炎が宿り、健全な薄桃色の唇には喜色が溢れ出ていた。

「お兄様の所までは、まだかしら、ディートリッヒ?」

「軍営の内部までは入りました。もうすぐ、ヒルデブランド様の元に辿り着くかと思われます」

「ほんと! なら、もうすぐお兄様に会えるのね?」

「しかし、ヒルデブランド様に挨拶する前に、運んできた祝酒を届けなければなりません」

「そんなの後で良いじゃない。先にお兄様の所へ向かいましょう?」

「なりません。我々がここに来た目的は名目上、この祝酒の運搬となっております。あくまで、ヒルデブランド様に会う事は、その次いで」

「別に良いじゃない、名目なんて」

「良くはありません。我々には目的があります。その目的を何よりも優先させねばなりません」

「目的だなんて! ディートリッヒは頭が硬いわ」

「私の職務はヒルデガルダ様のお目付け役。決して、貴方を楽しませる道化ではございません。のみならず、我々の任務は非常に重要です」

「非常に重要な任務ねえ」

「忘れたとは言わせませんよ、我々の話を盗み聞きした事を――ご同行の条件として、任務が最優先だと約束したはずです」

「覚えています! その話はうんざりするほど聞かされたわ」

「聞いているならば、実行してください」

 程なくして、馬車は止まる。兵士達の宿舎に辿り着いた為だ。周囲には酒宴の歓声が響き渡り、宿舎や幕舎の中には明かりが見えない。見張りの衛兵こそ素面の様子だったが、ほとんどの兵士は赤ら顔で盃を傾け、中には鎧を枕に地面に臥している者も居る始末だった。

「姫様からの祝杯とはありがてえ」

 一人の兵卒が馬車を覗きながら話す。馬車の扉を隔てても尚香る兵士の酒気は、ヒルデガルダの眉根を顰めさせるだけの不快を撒き散らす。対して、ディートリッヒは能面の表情で、兵士を見ているのみであった。

「下がれ、下郎。お前のような者が話しかけて良い相手ではない」

 甲高い声が響く。幾人かの衛兵が大虎となった兵士を取り囲む。

 声の主は貴族風の幕僚だった。すらりと伸びた長身の体躯に、端正な甘い容貌。ここが王都であれば、娘達の噂の的にもなりそうだが、事情は異なる。彼の大きく豪勢な鎧は、威厳を与えると言うより、不釣合いな虚勢からその実を露呈させていた。

「大丈夫でございましたか、ヒルデガルダ姫。ああ、ますますヒルダ様に似られて!」

 男は恭しく傅きながら、馬車の扉越しにヒルデガルダの腕を取り接吻しようとする。しかし、ヒルデガルダは男の腕を払い除けた。

「結構よ、ヴァンゼルト! そんな振る舞いは舞踏会でこそ相応しくなくて?」

「お不快にさせてしまったのならば、申し訳ありません。あの下郎めは厳罰に処しておきましょう」

「私が不快なのはあの男の所為ではないわ。あなたのおかげよ!」

「随分なお嫌われよう。しかし、私めは姫様の忠実な僕にございます。どうか、その勘気を解いて頂きたい」

「別に怒っている訳ではないわ、ヴァンゼルト。だから、あの男も処罰しなくても良い」

「これはこれはご寛大な事で」

「それよりも、お兄様は? お兄様はお元気でいらっしゃるの?」

「もちろんでございます。ヒルデガルダ様は良い所にいらっしゃいました。先程まで、私はヒルデブランド様の元に居たのです。おそらく、兄妹水入らずのお話ができる事でしょう」

「本当! ディートリッヒ、すぐに向かいましょう!」

「お待ちください、ヒルデガルダ様。祝酒の手配をせねば――」

「私が代わりにやっておきましょう」

 ヴァンゼルトが口を挟む。

「元々、食料の差配などは私ら幕僚の仕事です。ヒルデガルダ様はそんな事よりもヒルデブランド様の元へ向かってあげてください。貴方の兄上は疲れておいでだ。ヒルデガルダ様の慰労は何よりもの薬となる事でしょう」

「しかし、ヴァンゼルト様のお手を患わせる訳には……」

「黙れ、薄汚い野犬が私に指図するな! お前は大人しく姫様のお目付けをしておれ」

「わかりました」

 ディートリッヒは御者に命令し、ヒルデブランドの元へ馬車を走らせた。

 

 程なくして、衛兵が守る幕舎が見えてくる。幕舎にはスラヴェニア王家の紋章が掲げられ、騒々しい兵士達の宴席から遠ざけられている。

 一行は衛兵に言付けし、ヒルデブランドの居る幕舎に入った。

「お兄様!」

「ヒルデガルダ!」

 二人はよく似た兄弟だった。天使にも見紛う金髪に、海よりも深い紺碧の瞳。優美に寄せられた眉根には、上等な絵筆で書かれた眉毛が金色に輝き、白磁の皿の如き頬には林檎の紅き熱情が浮かんでいる。よく似た二つの細面は女性のそれを思わせ、故人たる兄妹の母親ヒルダの姿を偲んでいるようにも見えた。

「どうして、ヒルデガルダがここに?」

「お兄様に素敵なお知らせがあるの! これで、私達は離れ離れにならなくて済むわ!」

「知らせ?」

「国王陛下より、書状にございます」

 怪訝なヒルデブランドにディートリッヒが丸められた羊皮紙の書状を見せる。封が施された書状はスラヴェニア王家の紋章が施されており、それが公式の重要文書である事を証明していた。

「やっと、お父様がお兄様を認めて下さったのだわ! お兄様が次期国王に選ばれるの!」

「父上が……、私を……国王に?」

「そうよ! だから、私もエジンバラに行く必要は無くなるはずだわ。お兄様が戦争に向かう事もなくなる。私達、ずっと一緒に居られるのよ、お兄様!」

「父上が、父上が……、そんなはずはない。私にその書状をよく見せておくれ」

「こちらにございます、ヒルデブランド様」

 動揺するヒルデブランドはディートリッヒに駆け寄り、書状を引っ手繰る。そして、ヒルデブランドは書状に施された封を破る為、懐剣を取り出す。

 その時、ヒルデブランドの鼻腔が硝煙の臭気を嗅ぎ取った。書状に残った微かな残り香。それは彼自身の持つ銃器によるものとも考えられたが、激戦を生き抜いた彼の本能が何かを告げていた。

 頭を掠めるのは、自身達兄妹の処遇と宮廷の噂、密偵による妹の周囲に関する報告、ディートリッヒという男の経歴――彼の身分は軍隊の将校だった。しかし、軍務や戦役に関する彼の記録は何一つ残っていない。

 ゆっくりと、ディートリッヒの両腕が持ち上がる。右手はヒルデブランドに向け、左手はヒルデガルダに向く。重力により垂れ下がったディートリッヒの袖から、円筒上の物体が覗く。

 ヒルデブランドは懐剣を持つ右腕に力を込めた。

 咆えるような銃声がスラヴェニア軍の陣営を駆け回る。遅れて、衛兵達による怒号や警鐘が鳴り響く。対照的にヒルデガルダ達の幕舎の中は静かだった。苦悶に呻く声と驚愕の吐息が幕布に吸い込まれる。

「どうして? どうして、お兄様が?」

「に、逃げるんだ、ヒルデガルダ」

 鮮血がドレスを染めていく。ヒルデブランドは大地に臥していた。傍らにヒルデガルダが座している。

 ヒルデブランドの手中にあった羊皮紙が転がった。銃撃の余波で封が切れている。転がり落ちた勢いのまま、羊皮紙は広がり、中の文書がヒルデガルダの目に入った。

『ヒルデガルダ、ヒルデブランドの両兄妹をスラヴェニアの敵と見なし、これを討つ事を命ずる』

 国王による署名付きだった。ヒルデガルダは驚愕のあまり声が出ない。

「やれやれ。最後まで手を焼かされるとは。私は貴方の事が大嫌いだったんです」

 ディートリッヒは広がった羊皮紙を掴み、松明の炎へ投げ捨てた。燃え滓が幕布に移り、幕舎に火の手が上がる。外からも混乱の声が聞こえてきた。あちらこちらで火の手が上がっているらしい。

「ヒルデブランド様、ヒルデガルダ様は帝国の奇襲により死亡。これが我々の書いた筋書きです」

「いかにも悪辣な国王が考えそうな事だ。流石、猜疑心から母上を処刑しただけの事はある」

「陛下への侮辱は厳罰に処されます。尤も、その必要は無さそうですが」

 ディートリッヒは無表情に兄妹を見下ろす。その様は冥府より遣わされた死神の如き静謐であった。血の紅さが炎に照らされ、残酷な死の光を放つ。青白いディートリッヒの眼は死の形を捉え、爛々と輝いている。

 ヒルデブランドの放った懐剣はディートリッヒの左肩に命中していた。結果、左腕より放たれた銃弾は大きくヒルデガルダを逸れ、見当違いに跳んでいった。他方、右腕の銃弾はヒルデブランドの首元に当たり、瀕死の一撃を加える。

「父はそれほどまでに私達を憎んでいたのか」

「いいえ。これはスラヴェニアとエジンバラの双方が決めた事であります。ヒルデブランド様、貴方は優秀過ぎた。スラヴェニアとエジンバラに益をもたらせれども、それ以上の害となりかねない。帝国の軍靴が音高く迫る中、内憂の芽は取り除かねばなりません」

「優秀過ぎるか。私は只言われただけを行ったに過ぎないのにな」

「それが問題なのです。貴方はいくつかの無理難題を乗り越えてしまった。権力者達が恐れを抱いてしまう程に」

「進んでも死、退いても死。これも運命か――私はもう疲れた」

 そして、ヒルデブランドは力尽きた。意志の炎は失われ、血潮の泉は枯れていく。頑強を誇った双腕は弱々しく震え、不撓と言われた立姿は見る影もない。馬上では無敵の英雄も、地に投げ出されては死の頚木を負うのみ。鮮血に染められたヒルデガルダには、彼を助ける手段を持ち合せていなかった。

「お兄様? 嘘でしょ? お願い、嘘だと言って? お兄様!」

 死に逝くヒルデブランドを、ヒルデガルダは認められなかった。しかし、彼女の呼び掛けに応えるは浅い呼吸と小さな身震いのみ。死に打ち震える兄妹に、死神の鎌が忍び寄る。

「残念ながら、これは全て現実です。貴方達、兄妹はスラヴェニアの為、死なねばなりません」

「どこまでが嘘だったの? 偽りの話を聞かせるなんて。何も言わずに殺せば良いじゃない! そうすれば、ぬか喜びする事なんてなかったのに!」

「ヒルデガルダ様をここにお連れする為です。正攻法でヒルデブランド様に挑んでも勝ち目はありません。ならば、ヒルデブランド様の弱点たる貴方を利用するのが上策でした」

「そんな、そんな酷いわ! 今までの事も嘘だったの? ディートリッヒは私の目付け役だったのでしょう? なのに、どうしてこんな事をするの?」

「姫のお目付け役は仮の姿。その実、ヒルデブランド様が何かを起こした時に、いつでも殺せるよう配備された兵士にございます」

「……許さない、許さないわ、貴方達! 絶対に許さないんだから!」

「許されなくて結構。それがスラヴェニアの為でございます」

 ディートリッヒは左肩に突き刺さった懐剣を抜き取る。そのまま、彼は血の滴る剣を携えて、ヒルデガルダに歩み寄る。

「大人しく殺されなんかしないわ!」

 転身、ヒルデガルダは幕舎の外へ駆け出す。外に居る幾人かの兵士に助けを求めれば、ディートリッヒをやり過ごす事もできるはずだった。

 

「な、何があったの?」

 外は異様に静かだった。駆けているはずの衛兵の姿はなく、酒宴を行っていた兵士達は地に臥している。多くの兵舎や厩には火の手が上がっていたが、それを止めようとする者は何処にも見当たらない。聞こえるのは馬の嘶き、炎の声、幾人かの足音――気づけば、黒布に顔を隠した集団がヒルデガルダを取り囲んでいた。

「兵士達の助けを期待しましたか? 残念ながら、火消しに忙しい兵士が殆どでしょう。ここまで来る余裕もないはず。もう少し言えば、ヒルデブランド様を守る部隊には消えて頂きました」

 追い掛けてきたディートリッヒが、ヒルデガルダの背中に話しかける。

「でも、誰も居ないなんて!」

「祝酒を覚えていらっしゃいますか? あれに眠り薬を仕込みました。折角の大仕事を邪魔されたくはありませんでしたから」

「そんな……」

 ヒルデガルダの体が崩れ落ちた。体の芯が冷えていくような冷気が彼女を襲う。復讐心も義侠心も凍てついてしまっていた。全ての気力が萎え、体が竦んでいく。死の刃の冷たさが、彼女の頬を撫でた。ドレスに染みた血が彼女の体に張り付く。

「やっと、諦めが付いたようですね。せめてもの手向けと思い、色々と土産話を申し上げました。私も心苦しいのです。察してください」

 そして、ディートリッヒは高々と懐剣を持ち上げた――

「狼藉はそこまで!」

 炎の中から、一騎の騎士が躍り出る。かの騎士は馬車をも踏み砕かん巨馬に跨り、身の丈をも超える大剣を握る。薄汚れた鎧は歴戦の証、灰色の頭髪と隻眼は勇士の誉れ。修羅にも見えん偉丈夫の威風堂々は、夜闇に潜む黒衣の暗殺者を眩ませるに十分である。

 騎士の名はドレイク。エジンバラ北方騎士団の長であり、スラヴェニア・エジンバラの同盟軍を束ねる将軍、エジンバラと帝国の争いを勝ち抜いてきた男である。

 幾多もの敵を屠り、幾多もの視線を超えてきた彼にとって、正体を露呈した暗殺者の集団など、物の数ではなかった。

「これ以上、俺の陣営を荒らさせはしない」

 大音声による威圧と共に、馬の上体が持ち上がる。

 人馬一体の大跳躍。瞬く間に、ドレイクは人間の壁を超え、ディートリッヒに迫る。

 視界に広がる巨馬の図体と大砲の如き蹄――しかし、巨馬はディートリッヒを蹂躙する事なく馬首を返した。そして、彼の眼に映ったのは、伸び上がる腕と天高く突き出された大剣。ディートリッヒの脳天目掛けて、剛剣が振り下ろされた。

「しくじったか」

 ディートリッヒの片腕が弾け飛んだ。咄嗟に交差した両腕とそれに仕込んだ銃筒の暗器が、彼の命を救ったのである。両断された右腕と骨の突き出た左腕を勘案しても、彼の犠牲は微小なものであった。

「では、退散する」

 ドレイクは振り下ろした剣をそのままに馬を走らせる。器用に剣先を操り、ヒルデガルダのドレスに引っ掛けた。すぐに剣を持ち上げ、ヒルデガルダを馬に跨らせる。

 振り返れば、暗殺者達の姿は彼方になっていた。

「お兄様が! お兄様が!」

「黙れ!」

 ドレイクは語る事なく馬を操る。二人は火中の陣営を駆け抜けていった。

 

 

 

 エジンバラの陣中、ヒルデガルダを抱えたドレイクは幕僚達の集まる幕舎に入った。

「ドレイク将軍、大変でございます! 帝国軍の奇襲部隊が我らの陣営を襲いました」

「おそらく、被害は軽微。しかし、四方に火の手が上がっている模様です」

「何でも、スラヴェニア軍の深部まで賊の手が届いたとか」

 ドレイクの姿を認めると共に、幕僚達は口々に報告を始める。口の端こそ上らぬものの、彼らの眼や態度には、ドレイクへの蔑みと侮りが渦巻いていた。

「三文芝居はいい。それよりも事情を話せ」

「はて、何の事でしょう?」

「このガキこそ、貴様らが謀殺しようと企んだ兄妹の片割れ、ヒルデガルダだ」

 幕僚達の視線がヒルデガルダに集まる。恐怖や焦燥、侮蔑や驚愕の感情が見て取れた。一瞬の沈黙の後、彼らは口々に動揺を表す。

「何ですと! ヒルデブランドの暗殺は失敗したのですか!」

「どういう事ですかな、ドレイク将軍?」

「まさか、ヒルデブランドは我々の密約をも知っていたのか! 貴方が裏切るとは思わなんだ!」

「ヒルデブランドが反撃に来るのか!」

 幕僚達の責める言葉にも、ドレイクは動じない。

「安心しろ。ヒルデブランドは死んだ。連れてきたのは、このガキだけだ」

「ですが、なぜドレイク将軍がヒルデガルダ姫を……?」

「賊の侵入を許し、無事逃げられたとあっては俺の武名に傷がつく。それ故、救出に向かった」

「ならば、賊は討ち果たしたと?」

「いや、一部は敢えて逃がした。ヒルデブランドを殺させる為にな。エジンバラにとって、奴は邪魔なのだろう?」

「しかし、密約はヒルデブランド、ヒルデガルダ兄妹の暗殺を黙認する事。貴方の愚行は密約に反する事となってしまう!」

「密約なんぞ知らん。エジンバラに利あるのは、ヒルデブランドの死のみであろう? ガキ一匹がどうなろうと問題ないはずだ。何を恐れる事がある?」

「それでも約定は約定。この事が発覚すれば、スラヴェニアから何を言われるか」

「ならば、発覚しなければ良い」

 沈黙を保っていたアーバスが、突如口を挟む。

「お飾りの大将の私には詳しい事情はわからない。ただ、話を聞く限りでは発覚せぬよう、ヒルデガルダ姫を死んだものと思わせれば良いのでは?」

「なるほど。それならば、スラヴェニアとの同盟に罅が入る事もない」

「それに何かの時にスラヴェニア王家の血筋は使えるやも知れぬ。飼っておくのも悪くない」

「流石はエジンバラの第六王子。名案を思い付きなさる」

 幕僚達は意見を出し合い、今後の方策を決めていく。彼らの中に、ヒルデガルダを省みる者は誰も居ない。彼女は唇を噛み締めながら、一連の話し合いを見ていた。

「しかし、ヒルデブランドが死んだのは良かった。奴には散々煮え湯を飲まされたからなあ」

「奴はどのように死んだのですかな、ドレイク将軍?」

 幕僚の一人がドレイクに尋ねる。

「このガキを庇って撃ち殺された。面白くも何もない平凡な死だ」

 ドレイクは見てきたかのように語る。それはヒルデガルダから聞き出した話だった。

「英雄と呼ばれ、いい気になっていた奴には相応しい死と言えましょう」

「敵に討ち果たされるよりも、味方に暗殺される。何と惨めな。散々に打ち負かされてきた我らとしては溜飲が下がる思いでありますなあ」

「奴のような男には平凡な死こそ、最たる苦痛。戦場で華々しく死ぬ事こそ、奴の本望。そう考えれば、胸の内が晴れる思いにあります」

「ふむ、魔女の息子には相応しい死に様。やはり、偉大な神はいらっしゃる」

 無情にも、全ての会話はヒルデガルダの前で交わされていた。噛み締めていた唇が切れ、口の中を鉄の苦味で満たすもヒルデガルダは沈黙している。

(今は耐えるのよ、ヒルデガルダ。隙を見て逃げ出せば、いずれお兄様の仇を討てるはずよ!)

 ヒルデガルダは放置されていた。拘束の類は一切ない。幕僚達も彼女に他意はないと見て、油断しきっている。とはいえ、迂闊に逃げる事もできない。彼女に武器はなく、男に勝る力もない。逃げようとすれば、忽ち捕まってしまうだろう。それに幕舎の外には多くの衛兵が居た。小娘のヒルデガルダが兵士の警邏する軍陣を抜け出せるとは思えなかった。

「済まない、ヒルデガルダ姫。私に力があれば、貴方にこんな不快な思いをさせる所か、兄上を救う事だってできたのに」

 機を窺うヒルデガルダに、アーバスの声がかかる。

「貴方は何も知らなかったのでしょう? なら仕方ないわ」

「そう言ってくれるなら、ありがたいよ、ヒルデガルダ姫。正直、無力感で辛いんだ」

 アーバスの腰帯には懐剣が刺さっていた。王族の宝刀とも言うべき、見事な儀礼刀。実用性はわからないが、脅しとしては充分なものに見える。

「申し訳ないけど、今は誰とも話したくないの。お兄様の事が辛くて」

「ああ、申し訳ない。貴方の傷の深さを理解していませんでした」

「王子! 彼女はあのヒルデブランドの妹ですぞ。敵に味方するような発言はお止め下され」

 アーバスを見咎めた幕僚が叱咤する。遠目にも、アーバスの同情が窺えたのであろう。

「違うんだ、僕は――

 それは千載一遇の好機だった。アーバスはヒルデガルダに背を向けている。両手を挙げて幕僚に弁解しており、腰元の懐刀は無防備である。加えて、王子は人質にするには十分な価値を持つ人物でもあった。

(今だ!)

 ヒルデガルダの動きは素早かった。アーバスの腰に手を回し、懐剣の柄に触れる。そのまま、跳躍して彼の背中にしがみつき、彼の首筋に抜き身の剣先を突きつける。

 一瞬遅れて、幕僚達の腰が浮く。逃げようとする者や柄に手を回す者、ヒルデガルダに踊りかからんとする者など様々である。

「動くな!」

 しかし、彼らの誰よりも早く、ヒルデガルダの恫喝が響き渡った。

「お前らが動けば、アーバスの命はない。者共、手を上げろ! 床に平伏せ!」

 跳び上がらんとしていた武官を言葉で制する。腐っても王子、その人質としての価値は絶大であった。幕僚達は万が一を考え、迂闊な行動を自ら禁ずる。

「やってみろ」

 だが、一人だけ事情が違った。ドレイク将軍は立ち上がったまま、ヒルデガルダを挑発する。

「本当に殺せるものなら、やってみろ!」

「ドレイク将軍!」

「ヒルデガルダ姫、滅多な事は止してくれ。今なら、穏便に場が収まる!」

 一同に緊張が奔る。

 泰然自若。ドレイクだけが落ち着き払ってヒルデガルダを見つめている。彼には殺せないという確信があるようだった。不敵な笑みを絶やさず、事の成り行きを楽しんでいるようにも感じられる。

「本当に良いのか! アーバスが死ねば、お前の首も跳ぶぞ!」

「虚勢も大概にしろ。お前は殺せない。俺には分かる」

 ヒルデガルダの腕が震える。懐剣の切先は力なく漂い、必殺の意思は失われていた。幕舎は動揺から立ち直り、落ち着きを取り戻しつつある。逆に、ヒルデガルダは焦りと緊張の極限にまで達していた。

(いや、お兄様の仇を討つんだ!)

 それも一瞬の事。

 ヒルデガルダは英雄の妹だった。土壇場で信念を取り戻し、剣に覚悟を宿す。すぐさま殺すつもりはなかった。ただ、頚動脈を押し切り、弛緩した空気を引き締めれば良い。

「ほう」

 ドレイクはヒルデガルダの意図を見抜いていた。腰元の拳銃を意識し、指先に力を込める。

「やれ、フーリ」

「承知」

 声と同時に銃声が轟く。

 ドレイクの目にも止まらぬ早撃ちにより、ヒルデガルダの懐剣は弾き落とされた。と同時に、彼女の後頭部に衝撃が走る。視界が眩み、アーバスから引き摺り放される。

 気づけば、組み伏せられていた。

 ヒルデガルダを押さえるは、同年代に見える少女だった。浅黒い蜜肌と小さく構えられた曲刀。獰猛な豹を思わせる体つきで、表情は薄布に隠している。腰には幾つもの小剣を帯びており、背中には大きな弓銃を背負っている。

「離せ!」

 捕縛から逃れようと、ヒルデガルダは身動ぎする。しかし、より強い力で抑えつけられる。同じ年頃とは思えない力だった。続けて抵抗しようとするも、肺腑に掣肘が加えられた。

「うぐっ」

「手荒に扱うな、フーリ。それでも王族の姫だ」

「はい。わかりました」

 フーリと呼ばれた少女が手を離す。

 すかさず、ヒルデガルダは地に刺さる懐剣を掴もうとした。だが、ドレイクに妨げられる。

 平手一閃。

 ドレイクの腕がヒルデガルダの顎先を掠める。痛みはないが、視界が揺れる。膝が崩れたまま、動かない。二十本の指が痺れるように震え、全身の力が散漫するように抜けていく。彼女の体の自由は完全に奪われていた。

「何という娘だ! 流石はヒルデブランドの妹、魔女の娘。血筋は争えぬものよ!」

「即刻、殺しましょう。そうすれば、何の憂いもない」

「厄介な兄妹だ。この上なく厄介な兄妹だ。このような血筋は根絶やしにせねばならぬ」

 事態の沈静を見て取った幕僚達がヒルデガルダを口々に罵り始める。最早、彼女を無視する者は居ない。恐怖と憎悪に震える目が、彼女を射抜いている。

「私は同情していたのに。こんな目に合わされるとは」

「だから言ったのです、アーバス王子。敵に情けをかけてはいけません」

 呆然とするアーバスに幕僚が厳しい言葉を投げかける。アーバスの目からヒルデガルダへの同情は消えていた。代わりに、鬱憤と狼狽が渦巻いている。ヒルデブランドの死に対する義憤も忘れ去られていた。

「ドレイク将軍。この娘を殺して下さい!」

「そうですぞ。禍根の芽はすぐに摘まなくてはならない。何を呆けているのですか!」

 ドレイクに対し、幕僚達が詰め寄る。しかし、彼は動かない。

「残念だが、俺はこのガキを殺すつもりはない」

「何故ですか! 何かがあっては遅いのですぞ!」

「俺が見張っている限り、そうはならない。故に、このガキは俺が預かろう。軍規によれば、捕虜の扱いは俺に一任されているはず」

「しかし、何故、この娘を生かそうとするのです? ドレイク将軍には損あれど、益はないはず」

「単純だ。ガキの母親、ヒルダに会った事がある。いい女だった。あれに似た女が手に入るなら、このガキを囲っても後悔はない」

「……下種が。生れが卑しくば、考えも卑しくなるか」

 ドレイクの言葉に、幕僚達は不服を隠せない。しかし、アーバスから鶴の一声が投げかけられる。

「もう良い。ドレイクの好きにさせろ。野犬にくれてやるのも罰と考えれば相応しい扱いだ。これ以上、この小娘の事で頭を抱えたくはない」

「流石は閣下。良い采配にございます。では、私の好きなように、彼女を扱わせて頂きます」

 ドレイクは恭しく頭を下げる。それは酷く似合わない格好であった。

 

 

 

 スラヴェニア・エジンバラ同盟軍は解散し、それぞれの国許へ引き上げる。各地から集まった領主や兵士達は自らの地方に、アーバスや幕僚達はエジンバラの王都に凱旋する。

 遠方の王都に帰還する軍隊の中、ドレイクの城は戦場より近く、彼の騎士団は他より一足先に戦いの埃を落とした。城下は戦勝の報せを聞きつけた人々に溢れ、生還した兵士達を労って、賑やかな宴席が行われている。

 対照的に、ドレイクの居る城内は緊迫と険悪の空気が流れていた。原因はもちろん、ヒルデガルダである。彼女はドレイクの執務室の中央に座り、彼と睨み合っていた。

「この裏切者め!」

「はて? 何の事でございますかなあ、ヒルデガルダ姫」

 ヒルデガルダの罵声に、ドレイクが皮肉満点の口調で答える。不遜を地で行く彼の慇懃は、まさに無礼と言うより他はない。むしろ、普段の態度の方が礼節を弁えているようにも感じられた。

「私のみならず、お兄様やお母様を侮辱した数々の言葉、忘れたとは言わせんぞ!」

「侮辱した覚えはないな。奴らの口車に乗っていただけだ」

「しかし、私の事をガキと言った! それに下卑た欲望でお母様を卑しめた!」

「あの場は――ちっ、面倒だ。フーリ、後は任せる」

「わかりました、旦那様」

 フーリと呼ばれた少女が衣服を抱えながら執務室に入ってくる。簡素な服にエプロンをつけた浅黒の少女だった。戦場の鋭さは面影すらなく、弛緩した給仕姿が板に付いている。薄布で見えなかった顔は露わとなり、大きな猫目と異国風の顔立ちが見えている。

「貴様、何者だ! エジンバラの人間ではないな!」

「中東の国、ファリスの出だ。お前の世話はこいつにさせる」

「フーリでございます。宜しくお願い致します」

 少女は丁寧に頭を下げる。ヒルデガルダには、少女の一挙一投足全てが怪訝に思えた。何より、少女はヒルデガルダの邪魔をした相手、恨んでいないと言えば嘘になる。

「覚えていると思うが、フーリには色々と仕込んである。逃げようとしても、無駄だ。まあ、実演した方が早いか」

 ドレイクはヒルデガルダに短刀を投げた。

 彼女には両の親指を結ぶ拘束が施されている。しかし、両手で短刀を持つ分には何ら問題ない。短刀を掴むと、彼女は二度刃を振るった。振り向き様に一撃、返す刀でもう一撃。気配は近く、間合いは問題ないはずだったが――

「まあ、そういう事だ」

 気づけば、ヒルデガルダの拘束が解けていた。それ以外に何ら変化はない。振り向き様の一撃で刃を奪われ、続く一撃で解放されたのだろう。余りにも違い過ぎる技量に、ヒルデガルダの反抗心は萎えていく。

「さて、身の程を知った所で、今後の話だ。お前にはフーリと一緒に働いて貰う。どうも、この城は広くてな。色々と行き届かない所がある。そこで姫にやって頂くという訳だ。宜しいかな?」

「誰があんたの城なんかを!」

「やらなければ、飯も渡さん。そこら辺はフーリに報告させる。不本意だろうが何だろうが、お前さんに他の道はない訳だ」

「食事なんかで、私の気持ちを挫く事はできないわ!」

「賢明じゃあないな。まあ、お前はお前の思う所を貫けば良い。直にその態度も変わるだろう」

 

 フーリに連れられて、ヒルデガルダは場内の一室に通された。中には二つのベッドが寝かせてあり、その脇に衣装棚が立っている。中に入ったフーリはベッドの一方に抱えていた衣服を置き、もう一方に自分が座る。

「どうか、こちらの服にお着替え下さい。お嬢様のドレスは洗って差し上げねばなりません」

「ここは何の部屋なのかしら?」

 ヒルデガルダはフーリの言葉が聞こえなかったように振舞う。

「私共の部屋にございます」

「まあ、これが私達の部屋?」

 それは皮肉でも何でもなく、ヒルデガルダの忌憚ない言葉だった。彼女は昨日までスラヴェニアの姫として生活していたのだ。例え、ヒルデブランドへの人質があろうとも、姫である事には変わりない。それが給仕の生活をするとなれば、大きな衝撃があるのも当然だろう。

「鏡台もないし、椅子もないじゃない! これじゃあ、何もできないわ。それに布団は固いし、毛布も薄い。まともに寝られないじゃない! それに書棚もないし、ピアノも譜面台もない! 私から教養をも取り上げると言うの! 衣装棚も小さすぎるわ!」

「僭越ながら、お嬢様。どれも私共の生活には必要ありません」

「こんな生活、私は御免よ! 人間がする生活じゃないわ。私はスラヴェニアの王女よ! 人間らしい生活をする権利がある。断固として、抗議するわ」

「抗議するのは勝手ですが、ここはスラヴェニアではありません。お嬢様の要求は通らないでしょう。ともかく、そのドレスは洗う必要があります。上等な物なのですから、染みになっては大変です。ですので、お着替え下さい」

「嫌よ!」

 ヒルデガルダは強く拒絶する。しかし、フーリも負けていなかった。無用な言葉は使わず、じっとヒルデガルダを見ている。二人の間に沈黙が漂う。

「わかったわよ。ただ、湯浴みが先よ」

 先に折れたのは、ヒルデガルダだった。血塗れのドレスに埃だらけの髪、汗だくの体が音を上げたのである。美と愛らしさを望むは乙女の性。ヒルデガルダも例外ではなかった。

 

 ドレイクの城に浴室などという上等な物はなかった。代わりに、備え付けの井戸があり、男衆はそこで体を清める。女衆は男子禁制の水場に行き、そこで体を清めていた。水場は服や食器などの洗い物に場所使われ、常に井戸から汲まれた清潔な水が置かれていた。

「背中、痣になっていますね。申し訳ありません。手加減したつもりだったのですが」

 ヒルデガルダの背中を擦りながら、フーリは呟く。名匠作の陶器に似る柔肌に、薄らと赤い血が滲んでいる。暴れるヒルデガルダに加えた、フーリの肘鉄が怪我の原因であった。如何に手加減をしていたとはいえ、繊細な少女の手練の一撃は重きに過ぎたようである。

「どうして、貴方はあんなに強いの?」

「物心ついた時から、戦場に居たからです.旦那様に着いていく為には、強くなるより他はありませんでした。旦那様ったら、何時も無茶苦茶するもんなので」

「貴方のお父様やお母様は?」

「私が幼い時に亡くなったと聞きます。気づけば、旦那様に連れられていました」

「そうなの」

 冷たい水がヒルデガルダの肌を湿らせる。戦いの穢れは拭われていた。労わるように撫でるフーリの体温に、ヒルデガルダの敵愾心も解けていく。ヒルデガルダはまだ少女なのだ。四六時中、身構えられる程の気力は備わっていない。

「私にもお母様は居なかったわ。私が赤ん坊の時に亡くなったそうよ」

「スラヴェニアの王妃様ですか?」

「いいえ、違うわ。王妃様はお母様とは別の方。私とお兄様は妾腹の子供だそうよ」

「妾ですか。私には縁遠い世界の言葉ですね」

「私にとっても実感のない言葉だわ。何て言っても、お母様の事を知らないのですもの」

「知らない?」

「ええ、知らないわ。私自身、殆どお母様の事は覚えていないし、お兄様やディートリッヒに尋ねても詳しい事を教えて貰えなかったわ。だから、私、お母様の事を何も知らないの」

「そうなんですか。それは少し寂しいですね」

「いいえ、寂しくなんてなかったわ。代わりに、お兄様が居てくれたのですもの――もう、そのお兄様は居ないのだけれども」

 しんみりとした空気が流れる。ヒルデガルダの頬に水滴が伝った。小さな水滴は地に落ちて、弾け飛ぶ。水場の床に流れる液体は排水溝を伝い、大地に染み込む。彼女の悲しみも同様に心の奥深くまで滲みていく。

「ファリスの伝承に、こんな言葉があります。『生者の涙こそ、死者の渇きを潤す泉なれ』、と。きっと、お嬢様の涙はお母様やお兄様に届いていらっしゃるはずです」

「ありがとう。慰めてくれているのね」

 フーリの返事はなかった。代わりに、ヒルデガルダの頭に白布を被せ、優しい手つきで冷水を拭い始める。その白布は薄く固い生地のものだったが、不思議と悪い心地はしなかった。

「貴方はフーリだったわね?」

「はい、お嬢様。お気軽に、フーリとお呼び下さい」

 

 舞台の上に英雄が一人。彼は照明が当てられる事もなく、独演を続けている。敵も味方も居ない英雄の一人芝居は滑稽を通り越し、哀れにさえ見える。ヒルデガルダの周囲に座る観客は孤独な英雄の愚かしさを笑っていた。

 ヒルデガルダの眼から涙が零れ落ちる。

 やがて、観客は飽きてきたのか、英雄の芝居にケチと付け出した。一人の観客が立ち上がり、舞台に向かって拳銃を撃ち放つ。舞台上の英雄は客席から跳んでくる銃弾に右往左往していた。ケチをつけていた観客達が腹を抱えて笑い出す。

「君達、止めるんだ!」

 鉄面皮の男が立ち上がった。拳銃を撃ち放していた観客達は何事かと静観する。すると、男は舞台に昇り、英雄の肩を持った。

「私が来たからにはもう大丈夫だ。銃弾に悩まされる事も、演劇仲間に困る事もない。君が望む事は何だってしてあげよう」

 男の申し出に英雄は微笑んだ時、男は拳銃を取り出し、英雄を撃った。

 唖然とする観客達。ヒルデガルダもその中に居る。

 英雄の血飛沫が舞台の幕布を赤く染め上げる。燃え盛る熱い血潮が垂幕を焼いていく。照明のない舞台上の闇があらゆる音を吸い込んでいた。赤いドレスと冷たい顔をした死の影――ヒルデガルダは何時の間にか、舞台上に立っている。

 終劇の合図が鳴り響く。

 一連の出来事は芝居の筋書き通りだった。残酷にも大笑いする観客達。彼らの嘲笑は英雄には向かわず、その傍らに居るヒルデガルダに向けられている。

「苦しいんだ……辛いんだ、痛いんだ……私の仇と取ってくれ、ヒルデガルダ」

 首筋から血を流す英雄が呟いた。

「もちろんですわ、お兄様。私が必ず奴らを討ち果たします」

 二人のやり取りに、観客達はさらに哄笑する。

「許さない。絶対に許さないんだから」

 ヒルデガルダの決意は固かった。自分達を苦しめる全てに復讐すると誓う。

 

 

 

「許さない。絶対に許さない」

 固いベッドの上で、ヒルデガルダは眼を覚ます。寝るつもりはなかった。しかし、多くの出来事の疲れから、ヒルデガルダは意識を失ってしまったのだ。

(体の調子は悪くないわ)

 かえって、眠った事は良かったのかもしれない。眠るまいとしていた時は重く感じた体も、今は嘘のように軽かった。これから、やる事を考えれば、この睡眠はむしろ好都合なのかもしれない。

 もう一方のベッドを確認する。小さな寝息が耳に入り、それに合わせて毛布が浮き沈みしていた。フーリはすっかり眠っているようだ。

「さようなら」

 殆ど唇だけを動かして、フーリに別れを告げる。大人ばかりの王城に住んでいたヒルデガルダにとって、フーリは初めてできた同世代の友達だった。

 そして、扉を開け、城の廊下に出る。

 外への道は覚えていた。フーリに案内されている時から、脱走しようと考えていたからだ。

 記憶を辿りながら、城の床を歩く。時折、窓の外から月明かりが見えていた。それを手がかりに進めば、ランプや蝋燭などは必要ない。目立たずに、城を抜ける事ができる。

 城内の厨房を通りかかる。夕食に用いた香料が、ヒルデガルダの鼻腔をくすぐる。厨房内にはポットや鍋などの調理器具が置いてある。彼女は包丁などの刃物を探した。いざという時の武器にしようと考えたからだ。すぐに見つかった。果物籠の隣にナイフがある。ヒルデガルダは、それを手に取り、腰布に差す。

 途端、彼女の腹が異音を奏でた。

 空腹を思い出した。フーリとの湯浴みの後、ドレイクに食事の準備と城内の清掃を言い付けられたのだが、彼女は従わなかったのだ。詰るドレイクに、言い返すヒルデガルダ――口論の帰結は食事を与えないという制裁に収まる。

 思わず、果物籠の林檎に手が伸びる。しかし、彼女の教養がそれを許さなかった。盗み食いなど以ての他だった。かと言って、敵たるドレイクの施しも受ける気はない。強靭な理性の前に、彼女の食指は抑え付けられていた。逃げるように、ヒルデガルダは厨房を飛び出す。

 廊下に鼠の声が響いた。ヒルデガルダの足音に驚いたらしい。ドレイクの城は石造りで古びた代物だった。城壁には蔦が生い茂り、窓や見張り台といった必要最低限の部分しか手入れされていない。規模は一個騎士団が駐屯できる程度で、余り戦いの跡は見られない。代わりに、増築した後が見える厩があり、そこでは何頭もの名馬が飼われていた。

 程なくして、城門の真横に続く扉が見えてきた。多少の衝撃ではビクともしない堅牢な作りで、開閉にも苦労しそうだ。その扉は閂の代わりに剣が使われている。古ぼけた剣だが、扉に似て頑丈そうに見えた。ヒルデガルダはゆっくりと閂の剣を取る。

「フーリの奴が木製の閂を折っちまってな。代わりを探して、見つけたのがその剣なんだ。刃の磨り減り具合が丁度良くてな、他の物では代用できない。持って行かないでくれると助かる」

 振り向けば、ドレイクが立っていた。彼は物見遊山に行く気安さで、石壁にもたれている。武器も鎧もなく、簡素な服を着ているだけだ。刃の潰れた剣で撃っても、十分な痛手を与える事ができるだろう。

「どうした? つまみ食いか? 厨房は通り過ぎたぞ?」

 まるで、緊張感がない。ドレイクは油断しているようにしか見えなかった。もちろん、技量の差は理解している。だが、ドレイクの慢心を突けば、ヒルデガルダにも勝機があるように思える。腰布に差したナイフ――勝敗を分けるのは、これだと確信する。

 後退しながら、突きを放つ。あっさりと払われた。剣の切先が石壁にぶつかり、火花を散らす。 剣を手放さなかったのは、奇跡に近い。

「どうした? そんなもんか?」

 挑発するドレイクに、ヒルデガルダは大上段に剣を振り下ろす。今度は体を捻り躱される。回し蹴りのオマケ付きだった。蹴られた剣は宙を舞い、天井に打つかって転がり落ちる。甲高い音が響き、ヒルデガルダの威勢が削がれた。

「まあ、こんなものか」

 ドレイクが足元を叩きながら呟く。

「これでお前も気づいただろう。復讐なんか不可能だと。今は大人しく俺の言う事を聞いていればいい。そうすれば、機会は必ず訪れる」

 ドレイクは背を向けて、剣を取りに行く。そびえ立つ背中の腰元にナイフを捻じ込めば良い。そうすれば、彼は深刻な怪我を負う事となる。

 静かにナイフを抜き、ドレイクに迫る。ヒルデガルダを気にする素振はない。慢心の骨頂に達したドレイクを討つ事ができるだろう。核心を持って、ヒルデガルダはナイフに力を込める。

 瞬間、ドレイクが転身した。

 振り向き様の鉄拳でナイフを打つ。弾かれたナイフは石壁に激突した。しかし、ヒルデガルダの手元にはナイフの感触が残っている。

 見れば、ナイフの柄だけが残っていた。刃は根元から折れている。飛んでいった刃は何度も石床に弾み、傷と異音を刻む。

「下らない事を考える」

 鉄拳を突き出したまま、ドレイクは笑っていた。

「だが、お前なら奴らに復讐できるかもな」

 そして、ドレイクは自室に戻っていく。入れ違いに、フーリがやってきた。

 

 

 

 城の朝は未明より始まる。厩に繋がれた軍馬の世話があるからだ。

「朝食にございます、お嬢様」

 まだ眠たい目を擦るヒルデガルダに、フーリの声がかかる。

 フーリの声は明朗だった。早起きには慣れているのだろう。その証拠に、簡素なものとはいえ、ヒルデガルダの朝食も作り終えている。眠気覚ましの熱いミルクに、羊の干し肉と煮汁が添えられている。朝に弱いヒルデガルダの為、喉に通り易い様、材料は細かく刻まれている。

「ありがとう、フーリ」

 ヒルデガルダは朝食を口に運ぶ。

 城に来てから数週、ヒルデガルダは考えを変えていた。ドレイクの下から逃げ出せない現状、力を蓄えて機を窺った方が賢明であると判断したのだ。その為、ヒルデガルダはドレイクの言いつけに従い、朝昼晩と食事を摂っていた。

「フーリは凄いね」

「何がでございますか、お嬢様?」

 一先ずの方針は現状維持に決まったものの、苦労がない訳ではない。ほんの少し前まで、王女として暮らしていたヒルデガルダが、城の給仕を行うのだ。苦労がない訳がない。むしろ、何をやるにしても苦労する事が多かった。

 しかも、苦労する原因は不慣れだけではなかった。基本的に、ヒルデガルダはフーリの手伝いをするのだが、彼女の仕事は実に多岐に渡る。厩や井戸、庭園の管理、厨房での食事の支度、城内の清掃、警備や自治を行う兵士の世話、武器庫や食料庫などの点検や管理、城の出納や書類の整理など、実に多くの仕事を行っている。

 もちろん、フーリ一人でこれらの仕事をこなしている訳ではない。厩には馬丁、厨房には厨夫など、近隣の農村から出仕している使用人は多い。主にフーリは彼らの報告を聞き、適度に手伝いながら、彼らから雑用を頼まれている。

 だからこそ、ヒルデガルダは苦しかった。大抵の仕事を卒なくこなすフーリと、何もまともにできない自分が比べられるのだ。多くの使用人達はヒルデガルダを貴族の娘として扱い、仕事から遠ざけようとする。一部は彼女を厄介者と扱い、関わりを絶とうとする。

 ヒルデガルダにとって、辛いのは前者であった。むしろ、関わるまいとする人々は何もしないだけまだ良い。というのも、ヒルデガルダが何もしなければ、ドレイクは容赦なく食事を絶つからだ。雑用や力仕事などに振り回される現状、食事がなければ空腹がとても辛い。使用人達が彼女を仕事から遠ざけようとする結果、食事を抜かれる事が何度かあった。

「おはよう、ヒルデガルダ」

 しかし、ヒルデガルダに冷たい者ばかりではなかった。特に、見習い厨夫のニコルは彼女に同情的だった。それは彼女の仕事振りが、食事に関わる事を知っていたからかもしれない。ヒルデガルダの食事はニコルが作る事が多く、食事抜きになる場合には必ず彼の知る所となるからだ。

 一度、ヒルデガルダが疲れ切った時に失敗し、夕食が抜かれてしまう事があった。そんな彼女を見兼ね、ニコルは内緒に自分の食事を差し出す。それ以降、ヒルデガルダは空腹で眠れない夜を過す事はなくなった。

「じゃあ、ヒルデガルダには旦那様への配膳を頼むよ」

 朝食の準備を終えたニコルから頼まれる。遠巻きに眺める他の厨夫達はニコルの行動を不満そうに見ている。貴族は貴族、庶民は庶民の領分がある――変じた身分意識が、ヒルデガルダの存在を排斥している事が見て取れた。

 実際、使用人達がドレイクに抗議している様子を見た事がある。ヒルデガルダが仕事場に居る事自体が耐えられないと使用人は主張していた。食料庫の管理夫オラルだった。彼は田舎者ながら、一種の進歩的な思想の持ち主で貴族階層そのものを憎んでいた。彼の思想によれば、貴族と庶民の違いは虚業と実業の違いであり、自らの仕事を実業と捉えていた。その為、彼にとって、ヒルデガルダは内実共に侵略者であり、何としても排除すべき存在であった。

 オラルは極端な例だとしても、使用人の間にはヒルデガルダに対する不満が燻っていた。だが、ドレイクはそれらの不満を握り潰し、場合によっては金の力で黙らせていた。このような現状をヒルデガルダは知らぬ訳にはいかなかった。

「ドレイクは何を考えているの?」

「それは旦那様本人に聞くべき事です。私が代わりに申し上げる訳にはいきませんから」

 ドレイクの元へ食事を給仕するヒルデガルダとフーリ。彼女達は配膳台を押しながら歩いている。給仕する先はドレイクのみならず、詰所の兵士達の所にも届ける予定であった。ドレイクと兵士達は同様の物をできるだけ同時に食べている。『同じ釜の飯が結束を高める』。これがドレイクの警句の一つであった。

「でも、フーリは何か知っているんでしょ?」

「実の所、何も知らない訳ではありません。この城の誰よりも旦那様とは長い付き合いですから。ですが、私の知るのは飽くまで私の意見。旦那様の本意そのものではありません」

「そのフーリの意見を教えてくれない?」

「嫌です。当て推量で余計な事は言いたくありませんから」

 フーリはきっぱりと断る。この少女は従順なようでいて、頑なな所があった。ヒルデガルダは何度もドレイクの真意を尋ねていたが、頑として撥ね付けられている。他方、ドレイク本人に聞こうにも機会がなかった。脱出を企てた夜以降、ドレイクはエジンバラの王都に滞在し、昨日に戻ったばかりである。

「そんな馬鹿な話がありますか!」

 ドレイクの執務室から怒声が響いてくる。何やら緊迫した空気であった。ヒルデガルダとフーリは顔を見合わせ、扉の外から様子を窺う事にする。

「北方騎士団の一人、ハンス様の声ですね」

 フーリが耳打ちする。ハンスは時折、ドレイクの城を訪れる騎士であった。聞く所によれば、近隣の領主であるとか。騎士団は領主やその子弟から成っている。その為、騎士団長であるドレイクの他に領地を持つ騎士も数多く存在した。その弊害か、騎士団の内部には地方に拠る派閥も存在するらしい。

「大功あるドレイク殿がエジンバラの将軍から追われるなんて!」

「仕方あるまい。王家の血脈を庇うとは、そういう事だ。警戒され、用心されなければならない。俺が逆の立場だったとしても、そうするだろう」

「ですが、将軍は武名ある者がその職に就くべきです。でなければ、騎士共は納得しないでしょう。私自身、納得できません。自分より力無き者の指図を受けるなど!」

「だが、王都の幕僚達は俺を危険視している。将軍は唯一の武官として、軍本部で絶対的な権限を持つ。幕舎の者共は皆、政客の眼をしていた。俺が権力を持つ事を恐れているのだろう。特に俺は嫌われているからな」

「貴方が恐れられる原因――ヒルデガルダ姫ですね」

「まあ、それは仕方ない事だ。幕舎内では道化を演じたが、馬鹿ばかりではないようだ。俺に対する布石をしっかり打って来やがる」

「それで、ドレイク殿は彼女をいかように?」

「いかようにとは何だ? 俺に他意はない」

「ですが、彼女を活用しなければ、貴方の進退が危険です。危険視する者は多い。彼らに対抗しなくては! 昔の傭兵団を募るなり何なり、やりようは幾らでもありましょう」

「ならん。それこそが奴らの狙いだ。俺の地盤を揺り動かし、弱みを掴む。動けば必ず見つかるだろう。俺の周辺を嗅ぎ回る鼠も少なくない。こちらが動けば、叛意の証拠として糾弾されるだけだ。あちらはそれを手薬煉引いて待っている」

「では、このまま何もしないと言う訳ですか!」

「その通りだ。何もしない。座して機を待つのみ」

「機を待つなど、悠長な事を言っている場合ですか! 貴方は将軍職を追われたのですよ!」

「ヒルダ様の死を忘れるな。大抵の場合、敵は執拗に我々を狙ってくる」

 トクンと、ヒルデガルダの心臓が高鳴る。ヒルダという名前には聞き覚えがあった。幼くして亡くなった彼女の母親の名前である。ヒルダが死んだ事情を彼女は詳しく知らない。

「それは昔の話です。今の我々とは関わりありません」

「いいや。ヒルデガルダを警戒するという事は同じ奴らだ。ヒルダ様を殺した奴らが俺達に敵対している。決して、表沙汰にはならないがな」

「それは本気で言っているのですか、ドレイク殿?」

 ハンスの声音が沈む。

「ああ、本気だとも」

「どうやら、貴方は過去を引き摺ったままらしい。ヒルダ様はもう居ない。帰っても来ない。そんな簡単な事がわからないのですか?」

 ハンスの言葉に、ドレイクは沈黙の返答をする。

「今日はもう失礼する。貴方が傍観すると言うならば、私も自身の進退を考えねばならない」

 そう言って、ハンスは執務室を出る。木製の扉が勢いよく開かれ、石壁にぶつかる。肩を怒らせた銀髪の騎士は終ぞ二人の少女に気づく事なく、怒りの軍靴を刻んでいた。

「全て聞かれたらしいな」

 ドレイクが独白のように呟く。

「次は詰所に給仕するはずだったな? 俺も行くからそこで待ってろ」

 そう言って、ドレイクは自身の朝食を奪っていった。

 

 詰所の兵士の間で、ヒルデガルダは人気者だった。騎士と姫というのは相性が良いらしい。兵士達の誰もが勇者と姫の御伽噺を知っていた。彼らにとって、ヒルデガルダは物語の姫と同一人物なのだ。ヒルデガルダにとっても、彼らの好意は受け入れがたいものではなく、むしろ嬉しいものだった。姫としての生活を思い出すからである。

 いつものヒルデガルダ達は詰所の中で給仕をしていた。詰所の脇には訓練を行う演習場があり、毎日早朝に訓練が行われている。その様を眺めながら、ヒルデガルダ達は料理を皿に盛り付け、それを机に並べていた。

 しかし、今日の詰所は様子が違った。演習場の中にヒルデガルダとドレイクが居り、それを囲むように兵士達が佇んでいる。二人の手には木剣が握られていた。睨み合う形で二人は立っている。

「この生活にも慣れてきただろう。未だに復讐を望むならば、剣を教えてやる」

「貴方は何を考えているの、ドレイク? 剣を教えるだなんて」

「俺に勝てたら教えてやる」

「そんなの全然意味がわからないわ」

 突然の行動に、ヒルデガルダは戸惑う。だが、ドレイクは一向に構わない。疑問の言葉には剣を大きく構えて返答する。腰を低く落とし、地を踏みしめる両足に力が籠もる。

 そして、ドレイクの体が弾けた。

 瞬きすら許されない刹那で、ドレイクは剣を振っていた。近づき、剣を横に振る。それだけの動きで技量の差を思い知らされる。構える事すらできなかったヒルデガルダの木剣は真っ二つに折れ、喉元にはドレイクの木剣が突きつけられている。

「真面目にやらなければ、怪我するぞ」

 ドレイクが低い声で忠告する。

「とは言え、これじゃあ、勝負にならんか。三合だけ反撃しないでやる。それで俺から一本でも取れれば、知りたい事を話してやろう」

 再び、ドレイクが木剣を構えた。

「お母様の事も教えてくれるの?」

「ああ、もちろんだ。それ以外の事も何でも話してやろう」

「わかったわ」

 ヒルデガルダも覚悟を決める。木剣を持つ手に力を込め、ドレイクの構えを真似た。相手に対して半身になり、右手に持った剣を突き出す。

「もう少し、重心を前にした方がいい」

 指摘通りに構えを直す。不思議と、その態勢が体に馴染む。

「さあ、来い」

 ドレイクの言葉を皮切りに、ヒルデガルダは打ちかかった。記憶に残るドレイクの動きを参考にする。しかし、ヒルデガルダの攻撃はあっさりと捌かれ、三合目にドレイクの手首がしなった。木剣の切先がヒルデガルダの喉元に触れる。

「攻撃が単調だ。簡単に読める」

 次は左右に振り回して攻撃する。しかし、三撃目でドレイクの体が転身し、ヒルデガルダの足を払う。勢いのまま、大きく浮かぶヒルデガルダの胴体を、ドレイクの腕が抱き止める。

「ただ、振り回せば良い訳ではない。何処に相手の体の何処に打ち込むかを考えろ。そして、鋭くそこを狙え」

 ヒルデガルダは木剣を振るう。

 

 勝負は一時間程続いた。

 ヒルデガルダが立ち上がれなくなり、勝負は終わった。疲労困憊のヒルデガルダに、ドレイクは水を差し出す。受け取ったヒルデガルダの手には血豆ができていた。大粒の汗でヒルデガルダの前髪が額に張り付いている。

「今日はもうゆっくり休め。フーリの手伝いもしなくていい」

「だけど、お母様の事が……」

「お前が望む限り、何度でも勝負は受けてやる。だから、今日はもう終わりだ」

「でも、私は今すぐお母様の事が知りたいの」

「無理はするな」

 ドレイクが微笑む。それはヒルデガルダが初めて見る表情だった。固く結ばれた唇を綻ばせるようにして、微かに口角を上げる。目尻が僅かに細くなり、顰められていた眉根が薄く伸ばされる。

 ヒルデガルダはよく似た表情を見た事があった。それはたった一人の血を分けた兄、ヒルデブランドのものだ。ヒルデガルダが無理を言った時、彼女の兄はこのような笑みを浮かべる事があった。普段は隠している情を漏らしたような笑い――ヒルデガルダはその兄の笑みが好きだった。

「お兄様」

 気付けば、声を漏らしていた。同時に涙が頬を伝う。大粒の涙は汗と混じり合い、雫を作る。その雫こそ、ヒルデガルダの結晶であった。その結晶を通し、抑制された感情が発露する。それはヒルデガルダの奥底ある、怒りよりも深い悲しみであった。

「昔、俺はスラヴェニアで傭兵をしていた」

 ドレイクがヒルデガルダの金髪を優しく撫でる。

「戦ばかりの毎日でな。無茶に無茶を重ねて、やっとその日暮しの金が得られる。だが、それも長くは続かない。仲間は倒れ、俺自身も傷を負った。この片目がその傷だ」

 ドレイクは自らの隻眼を指す。

「片目の代償に得た金は余りにも少な過ぎた。すぐに使い果たし生活が立ち行かなくなる。働く事はできなかった。傷が化膿し、動く事も満足にできなかったからだ。そんな時にヒルダ様に出会った。

 ヒルダ様は救護院に居た。当時の俺のような傷病でどうしようもない人間が集まる場所だ。ヒルダ様は俺の話を聞き、その戦歴を買ってくれた。何でも、話に現実味があったらしい。

 やがて、俺の傷も癒える。その時、ヒルダ様にお願いされた。『私の私兵になって欲しい』、と。当然、俺は一も二もなく引き受けた。俺が立ち直れたのはヒルダ様のおかげだったからだ。

 それから、ヒルダ様の命令で多くの事をやった。表向きは傭兵隊を名乗り、ヒルダ様直属の騎士団を創った。傭兵隊の隊長は俺だったが、騎士団の長はヒルダ様だった。その騎士団を指揮して、俺は色々な任務を遂行した――王都の守護から、地方への密偵まで様々だ。ヒルダ様は変わったお方で、ほとんどは妙な任務だった」

「それで、お母様はどうして亡くなったの?」

「国王に私兵が露見した。ヒルダ様は叛意ありと疑われ、それを晴らす事ができなかった。騎士団の任務の特殊性がいけなかった。騎士団がスラヴェニアの為にあると証明できなかったのだ。

 そして、騎士団は解散し、俺はエジンバラに出奔した。そこで貴族に拾われ、客将として戦う内に、戦功を重ねる事ができた。その結果、現在に至るという訳だ」

「特殊な任務って?」

「それは話せない。少なくとも、今のお前にはな。ただ、世の偏見が付き纏う任務だった。ヒルダ様が処刑されたのも、その偏見に拠る所が大きい」

「貴方はその任務を今でも続けている訳ね?」

「いいや、違う。俺がやりたいのはヒルダ様の復讐だ。その為に帝国と戦い、力を付けてきた。だが、未だに敵の姿すら見えてこない。俺の復讐心は何も生み出していない」

 ドレイクはヒルデガルダを見据える。

「だから、お前には復讐ではなく、別の道を歩んで欲しい。その為に力を尽くそう。それが俺にできるヒルダ様への恩返しだ」

「じゃあ、あの奴隷扱いは何だったというの!」

「生きる力を身につけて貰う為だ。特にフーリの手伝いは参考になる事が多いと思った。厳しかった事は認めよう。だが、俺はそれ以外に物を教える方法を知らん」

「そんな事、望んでなかったわ」

「知っている。お前の望みはヒルデブランドの復讐だろう。だが、復讐は何も産まない。そもそも、お前は誰に復讐するつもりなんだ? スラヴェニア王家か? エジンバラか? この俺か? 誰に復讐したとしても、お前の気が晴れる事はない。はっきり言おう。お前の復讐は成らん」

「そんなのお兄様が可哀想じゃない! お兄様は誰にも見向きされる事なく殺された。だから、私だけは忘れちゃいけない! お兄様の復讐を望む声を忘れちゃいけないの!」

「死者の気持ちは誰にもわからん。お前の聞く声は本当に兄のものか? お前の怒りの声ではないのか? 怒りは何も産まん。親愛は復讐に拠って示すものではない」

「違うわ。私にとって、この怒りだけが全ての源よ!」

「ふん」

 ヒルデガルダの言葉をドレイクは鼻で笑う。

「ならば、勝手にしろ。俺の言うとおりにすれば、力は与えてやる。その力をどう振るうかはお前が決める事だ。元より、俺が決める事ではない」

「そうさせて貰うわ」

 ヒルデガルダは挑むようにドレイクを見た。

 

 

 

 月日は流れ、ヒルデガルダは少女から女性へと成長していた。腰にも届かん金髪は肩口まで短く整えられ、蕾だった乳房は花開く。少女の幼さを残す顔立ちに精悍な意志が宿り、姫だった少女は戦士へと変貌していた。肩幅や腿の太さには表れないが、腕や腹の肉付きは貴族の娘のそれとは大きく異なる。技量の粋を凝縮させた刀剣――それがヒルデガルダの肢体を的確に表した言葉だった。

「あの洟垂れが、ここまで成長したものだ」

「洟垂れた覚えはないが、貴方には感謝している、ドレイク」

 ヒルデガルダの変化は外見的なものだけではなかった。むしろ大きく変わったのは精神面と言えるだろう。姫だった甘さや弱さはなくなり、自立した強い精神を持っている。その根源は修練により会得した力にあり、それは復讐への衝動が姿を変えたものだった。何もできない焦燥を日々の鍛錬にぶつける。それがヒルデガルダの毎日だった。

 特に顕著な変化は口調だった。ドレイクのそれが移ったのか、柔弱な精神を切り捨てたのかはわからない。ただ、ヒルデガルダは以前のような女言葉を遣う事は少なくなくなっていた。

「だが、俺に勝つにはまだまだだな」

 木剣を肩に担ぎながら、ドレイクは言う。ヒルデガルダはその面前で膝を着いていた。

 ヒルデガルダが少女の時から行っていた勝負は未だに続いていた。これは鍛錬としての側面も強いが、それ以上に勝負としての意味合いが強い。もちろん、ヒルデガルダの技量は向上していたが、それに合わせて、ドレイクも手心を加わえなくなる為、二人の差は一向に縮まらなかった。

「いつか貴方に吠え面をかかせてやりたい」

「無理な願望は抱かない方がいい。身の程を知るのも重要だぞ」

 余裕に構えるドレイクだったが、二人の間に大きな技量の差はなくなっていた。これはドレイクが惜しみなく技を教えた事も一因だが、それ以上にヒルデガルダの天稟に拠る所が大きい。ヒルデブランドのように、彼女には英雄となる素質があった。それでも尚、ドレイクが勝ち続けるのは男女の違いもあるが、それよりも大きな差異がある。

「経験の差だな」

 剣を収めたヒルデガルダに、ドレイクは言う。

「教えられる事は教えたし、お前もそれをよく身に着けている。だが、お前には経験が圧倒的に足りない。剣の道にはどうしても言葉や技には表れない微妙な機微がある。それは極限のやり取りをしなければ、身に着かない。つまり、俺から教えられる事はもうないという事だ」

「経験は自分で積め、と?」

「その通り、よくわかっているな」

 ドレイクは笑いながら、ヒルデガルダの頭を撫でた。

「お嬢様、湯浴みの準備はできております」

 二人の勝負が終わったのを見計らい、フーリがやってくる。

 ヒルデガルダ同様、フーリも成長していた。可愛らしい猫目は女性特有の色気を帯び、浅黒かった肌は褐色の光沢を伴っている。豹を思わせた体躯はそのしなやかさをそのままに、艶やかになりつつある。最早、フーリの体は少女のそれではなくなっていた。

「ありがとう、フーリ」

 ヒルデガルダが柔和に微笑む。唯一、ヒルデガルダが女言葉を遣うのは、フーリと話す時であった。彼女にとって、フーリだけが気の許せる友人なのであろう。フーリと話すヒルデガルダは生まれに違わぬ姫である事を思い起こさせる。

 

 その夜、ドレイクの城に来客が現れた。ドレイクと来客は執務室に籠もり話込む。

「久しぶりだな、ハンス。何時以来だろうか」

「ヒルデガルダ姫を貴方が匿って以来になります。我が身の危険を振り払う為、貴方は元よりわが領地からも隠れていました」

「やはり、俺の言った通りだったか。敵に追われていた訳だな?」

「はい。危うく、エジンバラの憲兵隊に処刑台へと送られる所でした。寸で、憲兵隊を察知し、財も兵も捨てて逃げ、やっと生き延びる事ができました」

「そいつは良かった。古くからの友人は代え難いからな。連絡がつかない奴らもお前のように生き延びている事を願うよ。特に傭兵時代の仲間はな」

「私はスラヴェニアの盟友を頼っていました。そこでも同じように消息の掴めない盟友を嘆く声を聞きました。聞く所に拠れば、帝国の奴らが聖灰騎士団の盟友を探しているようです。特にヒルダ様と関わりあった者共を」

「帝国――教会の奴らだな。灰色の魔女と呼ばれたヒルダ様の盟約に携わる者を探している訳か。ご苦労な事だ。あれから何年も経ったというのにな」

「奴らにとって、魔女狩りは最重要事項なのでしょう。血に狂った狂信者共め!」

「それで、お前はどうして、ここに? 危険から逃れるというなら、戻ってこない方が良いだろうに」

「一つ、重大なお報せをする為に」

「その報せとは?」

「驚かないで下さい。正直、私も未だに混乱しています。ですが、一刻も早く伝えない訳にはいかないと思い、馳せ参じました」

「能書きは良い。さっさと本題を伝えてくれ」

「スラヴェニア王都が陥落しました。ヒルデガルダ様を除く王家一族は尽く殺され、現在の王都は帝国軍の物となっております。つまり、スラヴェニアという国は亡びてしまったのです」

「そんな馬鹿な話があるか!」

 ドレイクは憤りの余り、立ち上がる。

「スラヴェニアとエジンバラは同盟によって結ばれている。帝国の侵略があれば、直に援軍を送る。だというのに、スラヴェニアが陥ちただと? 援軍すら呼ぶ暇なく、敗戦したと言うのか」

「その通りでございます。気付けば、王都内に多くの帝国軍が紛れていました。エジンバラは愚か、地方の騎士すら参らぬ内に、王城は敵の手に渡ってしまいました。その後、スラヴェニアの騎士達は帝国に降伏する者が多く、事実上スラヴェニアの領土は接収されつつあります」

「それで現在の王都は?」

「新たにスラヴェニアの王を決めるべく、諸侯を集め会議を行う模様です。ドレイク殿もその会議に召集されるかもしれません」

「どうして、俺が?」

「ヒルデガルダ姫の存在です。噂程度ですが、ドレイク様の下に姫が居ると伝わっていました。その噂を信じる諸侯も多く、会議にドレイク様を呼び詰問しようとの声も上がっているようです」

「ふむ。動きが早過ぎる。どうやら有力諸侯に内通者が居るようだな」

「はい。私もそれを疑っていました。伝聞に拠れば、ヴァンゼルト伯が疑わしいとか」

「ヴァンゼルトか、懐かしい響きだな。帝国の間近に広大な領地を持ち、左派を纏める奴なら、今回の事もできるだろう。しかし、ヒルデブランドの暗殺以降、失脚したと聞いていたが」

「密かに謀反を企てていたようです。少なくとも、帝国の侵略により、ヴァンゼルトは返り咲いたと聞いています。もちろん、妬んだ者の流言の可能性もありますが」

「事実として得をした事は否めない、か」

「そういう事にございます」

「しかし、スラヴェニアの王都が陥ちたのか」

 ドレイクは深く腰掛ける。

「祖国は捨てたつもりだったが、亡くなったとなれば、胸にくるものがあるな」

 ドレイクの独白に返答があった。部屋の外から足音が響いてきたのだ。咄嗟に身構えるドレイクとハンスだったが、足音は遠ざかっていくばかり。二人は顔を見合わせる。

「あの音は何だったのでしょう?」

「おそらく、お転婆共だろう。子飼いの者に間諜の業に長けた者が居る。どうやら、聞かれてしまったらしい。これはあの姫の耳に入るぞ」

「ヒルデガルダ姫の耳にですか?」

「ああ、その通りだ。大事に至らなければ良いのだが」

 ドレイクは頭を抱えて嘆いた。

 

 二騎の早馬が草原を駆る。

 ヒルデガルダとフーリはスラヴェニア王都に向かっていた。ヒルデガルダの胸中は動揺で張り裂けそうだった。憎きスラヴェニア王家が滅んだと聞かされても、彼女の心に晴れるものはなかった。それよりも復讐が終わってしまったという喪失感が強かった。良くも悪くも、ヒルデガルダにとって復讐は縁であったのだ。

「私に着いて来て良かったの、フーリ?」

「もちろんです、お嬢様。それよりも目の届かない所に居られる方が心配でございます」

「おそらく、ドレイクは怒ると思うわ」

「この件に関して、私は旦那様よりお嬢様の味方でございます。お嬢様のお気持ちは誰よりも存じ上げておりますから。毎日、寝言で恨み辛みを聞かされていれば、同情心も湧き上がります」

「知らない所で迷惑かけていたようね」

「あれを迷惑と言うなら、お嬢様のなさる事はほとんど迷惑にございます」

 フーリは軽口を叩く。

 ドレイクとハンスの会話を聞いていたのはフーリであった。ヒルデガルダの命令により二人の話を聞いていたのである。特に禁じられない限り、フーリはドレイクの不利益になる事も行っていた。彼女には彼女なりの信条があるらしく、それに従って行動する。ヒルデガルダに同行しているのも、その信条故の行いだった。

「迷惑でも、私にはやらないといけない事がある。スラヴェニアの王女として、陥落した王都を見ない訳にはいかないわ」

 王女としての責務――それがヒルデガルダを動かす衝動だった。生まれついての本性は変えられない。王家への憎しみから麻痺していた感覚が、ヒルデガルダに戻っていた。それは王としての素質と言うべきものかもしれない。亡国の王女としてなすべき事があると、ヒルデガルダの本性が囁き続けていた。

 だが、ヒルデガルダを衝き動かすのは王家の責務のみではない。何よりも増して、彼女の胸中にあったのはヒルデブランドの姿であった。一度だけ、ヒルデガルダは兄の戦い振りを見た事がある。自ら陣頭に立ち、死中へと率先し進んでいた。瞼の裏に焼きつく兄の雄姿が、ヒルデガルダを王都へと導いていた。

 ドレイクの城から王都までは早馬で数日程かかる。これはドレイクにより鍛え抜かれた名馬ならでは時間だった。普通の隊商が同じ距離を進もうと思えば、倍の時間は必要だろう。すれ違う旅人や馬車の御者が二人の姿を振り返る。疾風と見紛う早さだった。

 しかし、駿馬と言えども不眠不休で走る事はできない。余りに無理をさせてしまえば、馬の脚が潰れてしまう。エジンバラとスラヴェニアの国境が見える場所で二人は休んだ。そこには絶やされぬ火と野営があり、旅人達の憩いの場となっていた。焚火の周辺には旅慣れぬ人々が集まっていた。彼らは家財道具を背負い、軽装とは言えない格好をしている。どうやら、スラヴェニアからの難民らしい。

「お嬢さん方はスラヴェニアへ向かわれるんで?」

 難民の老人が話し掛けてくる。

「あそこは行かない方が良い。帝国の奴らが略奪の真っ最中だ。特にお嬢さん達のような娘はどんな目に合わされるかわからない。わざわざ、地獄に向かう必要もない」

「それほど、王都の様子は酷いのか?」

「酷い有様らしい。街々には火がつけられ、蓄えられた財物は奪われに奪われとる、とか。帝国兵の多くは侵略された国の貧民で、王都の人々の命を何とも思っていない。老人は斬られ、娘は辱められる。手向かう男共は殺され、その家族は奴隷として売られている、とか」

「貴方も王都から?」

「いや、儂はその近隣の農村からだ。先程の話は逃げてきた騎士から聞いた話。真偽の程はわからない。ただ、現在の王都には近づかない方が良い事は確かじゃ」

「ならば、私は真偽を確かめなければならない」

「ふむ。どうやら、お嬢さんには並々ならぬ事情がある様子。それならば、無理に止めはせん。ただ、遠くからお嬢さん達の無事を祈っていよう」

「ありがとう、ご老人」

「あんたら、王都に向かっているのか?」

 老人との話を聞いていたらしい旅人の男が尋ねてくる。

「その通りだが、何か?」

「魔女の森は迂回した方が良い。少々遠回りになるが、東に向かえば運河がある。その運河に沿って北上すれば迷う事もないだろう。数日の為に人生を棒に振るには余りに惜しい」

「魔女の森?」

 ヒルデガルダの心臓が高鳴る。魔女とう言葉には特別な思い入れがあった。彼女の母親ヒルダは、かつて魔女と呼ばれ処刑されたのだ。ヒルデガルダにとって、魔女という言葉は忌み嫌うものではなく、むしろ親しみを感じるものだった

「あんた、王都に行くのは初めてか? ここから真っ直ぐ向かえば見えてくる森だ。特に変わった場所じゃあない。ただ、魔女と呼ばれる妙齢の女が住んでいるらしい。実際、お目にかかった事はないが、通りすがりの者に色々と便宜を図ってくれるんだとか」

「して、危険なのはその魔女か?」

「いいや、とんでもない。俺は昔から魔女の森の近くで羊飼いをしていたが、襲われただの何だのといった物騒な話は聞いた事がなかった。危険なのは帝国軍の方さ。奴ら、魔女って言葉を聞いて、森を焼き払おうとしてやがる。魔女狩りの為だ。厄介そうだから、俺は逃げてきた訳さ」

「そうだったのか。大変だったな」

「なーに、ほとぼりが冷めれば戻るつもりだよ。他の難民も大体そうさ。戦乱続く世の中を俺達、庶民はそうやって生き抜いてきた。貴族の嬢ちゃんにはわからないだろうがよ」

「私は貴族などでは!」

「良いって事よ、隠さなくたって。ここに居るほとんどの連中は気付いているぞ。騙せるのは馬鹿なガキ共ぐらいだ。貴族の匂いって奴はどう頑張っても隠せなねえ」

「この事は他言してくれるな」

「話すつもりなんざねえさ。昔、あんたによく似た貴族に会った事がある。その貴族には世話になった。そいつとあんたに縁があるかは知らんが、俺はあんたに協力する」

 そう言って、男は酒を呷る。

 

 明朝、ヒルデガルダ達は出立した。

 王都への経路について、ヒルデガルダ達は揉めた。安全を期したフーリは運河沿いに進む事を主張したが、ヒルデガルダは受け入れなかった。一刻も早く王都に向かいたい彼女にとって、遠回りする事は望む所ではなかった。

 のみならず、ヒルデガルダには予感があった。森に住む魔女と母は無関係ではない、と。顔も覚えていない母の誘いと戦場を駆る兄の導きにより、ヒルデガルダは魔女の森へ進む事を強く希望していた。フーリには、このヒルデガルダの衝動が理解できず、困惑するばかりであった。

 話し合いの結果、森で夜を過ごし、暁の薄明に乗じて王都に向かう算段となった。太陽と月が入れ替わる瞬間に、見張りの目も眩むだろうとの判断からだ。森を抜ければ、王都までは目と鼻の先であり、薄明の目晦ましで充分だろうと考えられた。

「しかし、全ては机上の空論に過ぎません。本音を言えば、迂回したいのですが」

「成せば成るはずよ。どうせ危険な王都に飛び込むのだから、小事を恐れては何もできないわ」

 やがて、魔女の森が見えてくる。

 海の如き樹海が広がっていた。魔女の森と言う名からは随分違った印象を受ける。蒼々とした樹木が連なり、歩を塞ぐ草木は少ない。森の中は薄暗く見晴らしは良くないが、それは同時に身を隠し易いという事だ。

 王都に続く道は舗装されていた。馬車や軍馬に合わせ、石畳が敷き詰められている。道を外れれば、樹木の根による悪道が待っている。帝国軍の姿が見えない限り、二人は石畳の上を走る事にした。馬蹄の音が木々の洞に吸い込まれていく。

 魔女の森の風景は変化に富んでいた。

 間断なく続いているように思えた樹木が途切れる。地面が傾斜になっていて、草木が茂っていた。こうした茂みは丘伝いに続いていて、途切れる事はない。丘は段差のような崖に変わり、石畳の路を圧迫する。崖の表面には根っこや苔が生していた。茸が生えている事もあり、豊富な森林の生命を思わせる。

 崖が切れたと思えば、沼が見えてきた。底知れない深い泥が溜まった沼であり、その周辺を青緑の草花が茂っている。岸から底に向かって一本の倒木があった。泥濘んだ地面が木の重みに耐えられなかったのだろう、枝葉の如く広がった根が露出している。

 天空は赤く燃えていた。逢魔が時だった。水と泥の混じる沼の水面が照り輝いている。蛙や鳥の声が一際強く耳に残響する。沼の底から何かが跳ねてきた。それは獣のようにも魚のようにも見える生き物だった。跳ねた泥水が水面に波紋を作る。覗くヒルデガルダの表情は揺れていた。

「こうも静かだと考えさせられるな」

「お嬢様?」

「どうして、私はこんな所に居るのだろう。私が居るべき場所はここじゃないはずなのに」

「その居るべき場所へ向かっているのでは?」

 フーリの声が虚ろに響く。

 燃える沼は過去の記憶を思い出させた。水面に移る自身の容貌は兄に似ていた。目に映る兄の顔は汚泥の底に沈む恐怖で歪んでいる。波紋は彼の足掻きだった。遠くでもう一度、何かが跳ねる。それは兄の苦悶の声だった。

 ヒルデガルダの記憶の中で、兄は苦しんでばかりだった。戦場の刃傷に悶え、政の権謀に苦しめられる。彼の救いは妹だけだった。彼は妹の為だけに戦っていた。幾多の戦勝を重ね、英雄と呼ばれ、称えられても彼の孤独を癒す事はできなかった。彼は常に寂しく表情を顰めていた。

 彼の最期を思い出す。飛沫の如き鮮血に染められ、彼は倒れていた。彼の顔は血の化粧を施され、拭うても拭い切れぬ死相を作り出す。その表情は穏やかに何も語らず、生前の苦悶も霧散していた。戦場の露と消えた彼の心は解放されたのだろうか。

 彼女は理解していた。兄にとって、自分は癒しではなく重荷に過ぎなかった事を。彼の死相に表れた安寧が全てを物語っていた。安らかに眠る英雄を燃え盛る激情が焼き焦がしていく。それはヒルデガルダの復讐心だった。彼女は彼を恨んでいた。誰からも見向きされなかった自分を終ぞ孤独にしてしまった彼を恨んでいた。

 それこそが彼女の底に眠る激情だった。

「私の怒りは……」

 ヒルデガルダは呟く。

「私の怒りは何処に向ければ良いのだ」

 道化の英雄は兄ではなく、彼女自身の肖像だった。

 

 沼地を抜けると、小さな湿原が見えてきた。底のない汚泥は見えなくなり、一面を青い草花が埋め尽くす。透き通るような空気の中に、馬の嘶きが滲み込んでいく。応える者は誰も居ない。ただ、草花の間を何かがすり抜けていく。鳥の独唱は聞こえなくなり、蛙の斉唱が耳朶を打つ。足跡なき湿原は未開の場所であった。

 湿原を通り抜け、樹海の中に再び入り込む。

 暫く進むと窪地が見つかる。そこは樹木が色濃く茂り、暗闇を作り出していた。連なるように樹木が生えている。奥に進めば、巨木が鎮座していた。その陰に寄せて馬を繋げば、石畳の路からは完全に見えなくなる。

「ここで一休みしましょう」

 気付けば、月明かりだけが頼りとなっていた。梟の声が谺する。怪しい鳴き声だった。近くも遠く聞こえる不思議な声音だ。この森の名前を思い出す。魔女の森――それは文字通り、魔女が住まう森を指している。

「お嬢様、気付いていますか!」

「ああ、気付いている」

 ヒルデガルダ達の周辺を鈴の音が取り囲んでいた。音の主は茂みを素早く移動し、こちらの隙を窺っている。二人は背中合わせに身構えた。暗い闇の中を赤い眼光が見え隠れする。獣の眼だった。牙を剥き出し、爪を突き立つ野獣が唸り声を上げている。幾つもの鈴の音は物々しく二人を威嚇していた。何時の間にやら、梟の鳴き声も消えている。

 緊張の一瞬が流れた。

 茂みの中から影が現れる。それは人間だった。黒衣を纏う矮躯の女が歩み寄る。痩せぎすの腕で野獣を撫でていた。野獣の首には首輪と鈴が付けられている。犬とも狼ともつかない野獣は一歩一歩を踏みしめるように歩き、女の傍を離れない。まるで構えるような挙動だった。

 獰猛な獣に比べ、女の体は余りにも細い。木枝の如き腕に、葉のように薄い肢体。黒衣のドレスは女の体つきを強調し、異常な痩せ細りを露にしている。黒檀の黒髪は長く、女の薄弱な体に艶やかな魅力を与えていた。薄命の美女と言えば、わかり易いだろう。

「思わぬ獲物を嗅ぎつけたようね。帝国の兵ではないみたい」

 心臓を握る声が通る。か細い喉から、綴られる言葉には魔力が宿っていた。独特の声調がヒルデガルダ達の肺腑を締め付ける。心音だけが鳴り響く。静寂な森林が今ばかりは恨めしかった。物音の一つでもあれば、逃げ出す準備があった。だが、それは期待できない。

「お前達、もう良いわよ。戻りなさい」

 鈴の音が二人の脇を通り抜けた。黒毛の野獣が女の周りを走り回る。野獣は興奮冷めやらぬ様子だった。武器にも比肩する爪牙が二人の隙を狙っている。臨戦の野獣達を女の細腕が制した。途端に野獣達は大人しく座り込む。

「貴方は魔女なのか?」

 やっとの思いで、ヒルデガルダは言葉を発した。

「どうやら、外ではそう呼ばれているらしいわ。深林の魔女、と」

「私達を縛ったのは魔術か何かか?」

「魔術など存在しないわ。あるのは知識の力、知恵の矛。貴方達を縛ったのは貴方達自身よ」

「どういう事だ?」

「緊張が極限にまで達した時、人は動けなくなる。特に鍛錬を重ねた者はそう。鋭敏過ぎる感覚が麻痺を起こすの。頭蓋が判断を拒否するみたい。急激な動きが見られない限り、全ての知覚しているものに同時対処しようとする。剣術で言う居付くが近い状態かしら」

「つまり、私達の感覚を撹乱した訳ですね。間諜の術にも似たようなものがあります」

「そう解釈してくれても問題ないわ」

「して、貴方の目的は何だ? 私達に何の用がある?」

「あら、用があるのは貴方の方じゃないかしら、ヒルデガルダ?」

「何故、私の名前を!」

「貴方によく似た知人が居たからよ。名前はヒルダ、灰色の魔女と呼ばれた女よ」

「母を知っているのか?」

「ええ、知っているわ。俗世の誰よりもね」

「俗世の誰より」

「ええ、俗世の誰よりも。私達には私達の世界がある。それは貴方達の居る俗世とは異なる。今から魔女の秘密を教えてあげましょう。驚かせてしまったお詫びにね」

 そう言いながら、魔女は手招きするのだった。

 

 一行は窪地の奥にある巨木を通り抜け、茂みに隠れた細い獣道を進んだ。道程は厳しく、馬の蹄では走破できない。ヒルデガルダとフーリは馬と共に歩く。地面は泥濘んでおり、何度も滑りそうになった。その度に茂みの棘で体が傷つく。

「それで魔女殿は何処へ向かう?」

「エステルよ。魔女殿なんて呼ぶのは止めて頂戴」

「で、エステル殿の住処まではどれ程歩けば良い? 馬を連れて歩くにも限度があるぞ」

「これ以上の悪路はないわ。辺鄙な場所に住むのも全ては人目を避ける為。おっかない帝国や教会の兵隊に見つからない為よ」

「つまり、魔女狩りから逃れる為か」

「その通り。魔女を名乗るにも色々と厄介があるの」

「強いて、魔女を称する理由は何だ? 魔女狩りが厄介ならば、口を噤めば良い。それでも、魔女を称するのは何故だ?」

「答えを急いでいるようね。貴方の焦燥は何が原因なのかしら。例えば、迷いとか?」

 ヒルデガルダの疑問はゆるりと躱される。見透かすようなエステルの言動に、ヒルデガルダの心は抉られていた。怒りに目が眩みそうなのを誤魔化す。両目を揉み込みながら、ヒルデガルダは落ち着くよう自分に言い聞かせていた。

 エステルの歩みは緩やかだった。野獣達は茂みの中を走り、一行の周囲を回っている。逆に駿馬達は悪路に苦戦している。固い蹄は泥濘に嵌り易く湿地の獣道を歩くには向いていなかった。ヒルデガルダとフーリは馬の手助けをしながら進んでいる。

 やがて、魔女の住処が見えてくる。そこは樹木が途切れ、花々が広がっていた。その中心に巨木が生えている。エステルの家は巨木の側に建っていた。支柱の代わりに、巨木の幹を使っている事が窺える。頑丈な柱の為か、大きな面積を持った家屋となっていた。

「さあ、いらっしゃい」

 扉を開けたエステルはヒルデガルダ達を招き入れた。中には壁一面に広がる本棚があり、全てに棚に本が敷き詰められていた。道中の石畳を思い起こさせる。敷き詰められた本は壁となり、住処を頑丈に補強しているようにも思えた。

「これは何語なのでしょうか? 私には見た事がない文字です」

 本を見ながら、フーリが疑問を呈する。本の背表紙には何かしらの記号が書かれていた。古代文字のように見える。ヒルデガルダはかつての教養から、その存在だけを知っていた。しかし、話す事は愚か、読む事すらできない。

「良い質問だわ」

 エステルは上機嫌に応える。

「それこそが魔女の秘密、力の源。イヴァリースと呼ばれている」

「イヴァリース?」

「全ての文明の起源と呼ばれるシュナの民が用いていた文字よ。シュナの民は書の民とも呼ばれ、全ての人間が文字を読み、書く事ができたわ。万人に対する万人の闘争の中、シュナの民は知識こそが力と考え、文字にした知恵を伝承していたの。もちろん、戦う民族に遅れを取る事も多かったわ。だけど、敵が捨て置いた書から知識を蓄え、いつしかシュナの民は無敵の民族となっていた。

 やがて、シュナの民は他の民族と混じり合い、イヴァリースの知恵も分散される事となる。こうして分散された知恵こそが各々の文明へと変わり、幾多の国家が出来上がった」

「それで、シュナの民と魔女に如何なる関係が?」

「分散され血筋が薄くなっても、シュナの民の繋がりは薄れなかった。それは何故か? シュナの民はお互いに連絡方法を持っていたからよ。彼らは巡礼の道筋を決め、そこに文字を隠した。イヴァリースを知らぬ者には、文字とわからぬ方法でね。そして、シュナの民の名が忘れ去られた頃、彼らは別の名前で呼ばれるようになった」

「現代のシュナの民こそが魔女だと言いたいのか?」

「その通り……と言いたい所だけど、私はシュナの民じゃない。長年の研究の末、イヴァリースが解読できるようになった学者よ。元々は神学者だった。古い聖書を読もうと試みる内に、イヴァリースを見つけた訳。以来、イヴァリースの書を集め続けているわ」

「よく集めた物だ。素直に感心する」

「ほとんどは、ヒルダの功績よ。私と彼女は盟友だった」

「母が? 盟友とは一体何なのだ? どうして、母は殺された?」

「ヒルダが組織していた騎士団の名は聖灰騎士団。シュナの巡礼者は聖別された灰を守りに旅へ出発した。その事に因んで付けた名前よ。騎士団の任務はシュナの民を探し出し、巡礼の道筋を見つけ出す事。そうする事で莫大な知識を手にできると考えた」

「……知識は力、知恵は矛なり」

「そう。全てはスラヴェニアの国益の為。しかし、イヴァリースを探る者は私達だけではなかった。あの忌々しい教会。奴らは現存するイヴァリースを全て独占し、知識に拠る支配を試みている。ヒルダが殺されたのも、そんな奴らの権謀術数だった」

「つまり、母が魔女を称していたのはシュナの民に接触する為だった、と?」

「冴えているわね。その通りよ。魔女を称していれば、向こうから接触があると考えた。だから、私達はそれぞれ魔女を称した――実際に接触はあったわ。こちらが望まない形だったけれどもね」

「なるほどな。教会の影響が強い帝国で、熱心に魔女狩りが行われている理由がわかった」

「これが私の知る一層の真実。政に関わる一つの要因よ」

「帝国の全てが全て、イヴァリースの為ではないと言いたい訳か」

「もちろんよ。私達のように知識は力なりと信じる者は多くない。むしろ少数派のはず。それは歴史が証明しているわ。イヴァリースの蓄積なきシュナの民は、負け続きだったと記録されている」

 エステルが話を終えた。

 しかし、ヒルデガルダにとって、エステルの話はそのまま受け入れられるものではない。そこでヒルデガルダはエステルを試してみる事にした。

「話はわかった。だが、どうにも知識は力という信条に実感が沸かん。具体的な力とやらを見せてはくれないか?」

「わかったわ」

 エステルは微笑む。

「丁度、良い物があるの」

 そう言って、エステルが取り出したのは馬鈴薯。毒のある植物だった。

 

 しこたま、馬鈴薯の料理を食べさせられた後、魔女の住処は寝静まる。

 だが、そこに忍び寄る影が向かっていた。魔女達を執拗に狙う帝国の憲兵隊である。彼らはヒルデガルダ達の足跡を追い、魔女の住処を発見していた。明かりを消し気配を殺しながら、湿地を進む。しかし、予想以上の悪路に憲兵隊は苦戦していた。

 かといって、遠くから狙い撃つ事もできない。銃火器の使用は禁じられていた。貴重な書物が魔女の住処には数多く眠っているからだ。むざむざ、宝物を焼き尽くす事はできなかった。

 苦闘の末、憲兵隊は魔女の住処を取り囲む。

 寝静まっている所為か、魔女の住処周辺は異様に静かだった。寝息一つ聞こえない。草花も眠っているのか、蛙の声すら聞こえない始末だった。

「それでは突入する」

 全ての憲兵隊は配置に付いた。

「かかれ!」

 指揮官の声で、憲兵隊は魔女の住処へ突入する。

 それと同時に壁が破れた。家屋の中から二頭立ての馬車が躍り出る。

 余りの事態に憲兵隊のほとんどは反応できなかった。馬車に一瞬遅れて、家屋が爆発する。薄い材木で出来ていた壁や屋根は粉々に砕け散る。その破片は憲兵達の体へと襲い掛かる。

 爆風に煽られながら、馬車は疾走していた。御者台にはフーリが座り、荷台にはヒルデガルダとエステル。そして、大量の本が載せられている。大事な物は全て馬車に積まれていた。ヒルデガルダは後方を見詰めながら、銃を構えている。

 馬車は均された隠し道を通っていた。元より、魔女の住処への出入りはこの隠し道を通じて行われる。イヴァリースの書の搬入や人の出入りなどに使われていた。その為、この隠し道は王都へ抜ける近道ともなっている。

「追手が早いな。敵も馬鹿ではないらしい」

 馬車の背後に帝国の騎兵隊が迫っていた。彼らは銃を構え、馬車の後輪を狙っている。均された道とはいえ、馬車は大きく揺れていた。書物が余りに重過ぎる事が原因だった。本の山が崩れ、馬車の重心がズレる。些細な切欠で横転してもおかしくない状況だった。

 一撃、二撃、三撃。

 ヒルデガルダはギリギリまで敵を引き付けて狙い撃つ。照準は馬の脚だった。密集した敵を狙って落馬させる事で、馬の共倒れを誘発した。銃弾を掠めた馬は驚きに暴れ狂い、他の騎兵を薙ぎ倒す。ヒルデガルダの狙いは上手くいった。いくらかの追手は打ち倒した。

 だが、一団の騎兵は距離を保ったまま追撃してくる。敵も学習しているのか、密集し過ぎる事はなかった。散開しながら馬車を追い掛け、それぞれの位置から馬車を射撃する。敵の射撃は致命的ではなかったが、ヒルデガルダ達は追い遣られていた。

 そもそも、ヒルデガルダ達は完全に敵を撒かなくてはならないのだ。このまま、追撃されて援軍を呼ばれでもしたら一貫の終わりである。そして、敵には追撃しながら援軍を呼ぶ手段がある。遠目に見える信号弾がその手段だった。

 この時、ヒルデガルダは覚悟を決めた。彼女は未だに人を殺した事がなかった。ほとんどの鍛錬はドレイクに拠る訓練だけだったからだ。しかし、緊迫した現状、甘さを残している場合ではない。それにヒルデガルダが自覚していないだけで、既に敵を殺しているかもしれなかった。爆風に巻き込まれた憲兵や落馬させた騎兵は無傷ではないはずだ。死傷者が居てもおかしくはない。

 ヒルデガルダは御者台に移り、駿馬に飛び乗った。

「いけません、お嬢様!」

 フーリが止める暇もなく、ヒルデガルダは馬の軛を斬る。

 解き放たれた駿馬は勢いよく進む。ヒルデガルダは馬を操り、馬車の脇に逸れた。何やら、フーリが叫んでいるが、馬蹄の喧騒で耳に入らない。ヒルデガルダは馬首を翻し転身させた。追手の騎兵隊へ突撃する。

 敵の銃撃はなかった。突然の転身に対応できなかったらしい。上手く騎兵の間に潜り込む。集団の中に入れば、同士討ちを恐れて銃撃できないからだ。

 すれ違い様に、二騎を落とした。

 剣と銃による打撃だった。敵は受ける事も叶わず落馬する。

 残りは三騎だった。

 一騎は銃を打ち捨て、剣を抜く。ヒルデガルダはこの一騎を残りの数から除外した。銃を持たない敵は馬車にとって脅威ではないからだ。少なくとも、剣による突撃ではエステルが構える銃で返り討ちにできるだろう。

 ヒルデガルダは残りの二騎を狙う。

 一騎に剣を投擲すると同時に、もう一騎を銃で撃ち抜く。

 二つの攻撃は見事命中した。剣は敵の胸に刺さり、銃弾は敵の眉間を撃ち抜く。

 残る一騎が斬りかかる。

 反射的に、ヒルデガルダは銃で斬撃を受け止める。だが、空洞の銃身で人馬の全体重が乗った一撃を受け止めきれる道理はなかった。銃は真っ二つに折れ、ヒルデガルダの身は斬撃を受ける。

 剣の切先は鎧の胸当てを掠めるに止まった。咄嗟に逸らした上体の賜物だ。だが、衝撃までは殺しきれない。疾走する駿馬の上から吹き飛ばされ、ヒルデガルダの身は中空に投げ出された。

 

 

 

 目覚めれば、ヒルデガルダは馬車の中に居た。

 身動ぎしようとして圧迫感に邪魔される。両手首と両足首に枷が付けられていた。どうやら、帝国軍に捕まってしまったらしい。ヒルデガルダの対面には見張りの兵士が居る。彼は銃を握っていた。手枷のあるヒルデガルダには扱いが難しい武器だ。奪われた時の事も考えているらしい。

「ようやく起きたか。さるお方がお前をお待ちだ。そのお方の屋敷に着くまで、外の景色でも見ていると良い。久しぶりの王都なんだろ?」

 兵士が馬車の外を指した。

 数年ぶりの王都は見る影もなかった。街々は焼き焦げ、廃墟が立ち並んでいる。逃げ遅れたらしい人々は寒空の下、何も持たずに家を見詰めている。その表情は何処までも虚ろだった。

 帝国の衛兵がやって来て、彼らの一人を蹴り上げる。面白半分の行為だった。蹴られた彼は何も言わずに立ち上がる。その様が面白かったらしく、衛兵はもう一度彼を蹴った。今度は立ち上がらない。立ち上がれば、もう一度蹴られるとわかっているからだ。衛兵も彼の魂胆を理解していて、倒れている彼をもう一度蹴った。しかし、彼は動かない。衛兵は舌打ちをして去っていく。

 素足の少女が歩いていた。少女は何かを探すように彷徨いながら、何も見つける事はない。あるいは何も探していないのかもしれない。両目には泣き腫らした痕が見えた。涙も喉も枯れ、それえも歩き回る少女の胸には何が宿っているのだろう。

 夫婦が並んで座っていた。夫は泣き叫びながら、妻に何かを訴えている。だが、妻の返事はない。何処か一点を眺めたまま、口を半開きにして呆けている。妻の身に何があったか、ヒルデガルダは察してしまった。時間が癒すものもあれば、癒さないものもある。妻の心の傷は果たして、どちらなのだろう。

「酷い。酷過ぎる」

 ヒルデガルダの目には涙が溢れていた。彼女は彼女なりの地獄を見たつもりだった。だが、それ以上の地獄の痕跡が目の前にはあった。人々の傷は目に見える形で残り、在りし日の姿に戻る事は決してない。仮に街が再建されたとしても、彼らの傷は心の奥にまで爪跡を残しているだろう。

「ふん。酷かねえよ」

 見張りの兵士が冷めたように吐き捨てる。

「俺の都市はもっと酷かった。ここと違って、徹底抗戦したからな。城壁を一周囲まれて時間だけが経った。食料がなくなり家畜を殺し尽くしても、俺達は戦った。全ては誇りの為だった。だが、残ったのは人間性の欠片もない餓鬼畜生ばかりだ」

「貴方の身にはそんな事が」

「俺だけじゃねえよ。前線にまで来る帝国軍は大体そうだ。帝国の侵略された都市の出か、降伏した国の出だ。その全てが地獄を見ている。さっき貧民を蹴ってた兵士が居たろ。あいつも帝国の兵士に酷い目に合わされたらしいぜ」

「そんな!」

 ヒルデガルダは絶句する。

「お前が殺した騎兵隊の中にも酷い目にあった奴は居た。騎兵隊と言えば精鋭だ。奴らは俺と違って、苦しみにも負けず、なすべき事を精一杯やったんだろう。だが、結末はこれだ。お前があっさりと命を奪った」

「でも、あれは仕方がなかった……」

「そう。仕方がなかったんだ。貧民を甚振る奴も街に日を点けた奴も、全員が全員仕方なかったんだ。好んで残虐な事をする奴なんざ少数派だ。多くの奴は命令されて、復讐心を抑えきれず、仕方なくやったんだ」

「復讐心に?」

「おう。憎しみでも怒りでも自由に呼べばいい。ほとんど似たようなもんだ。大半の虐殺者は炎に我を忘れてんだ。理性は仕方ないの一言で焼き切れる。後は派手に暴れればいい。そうすりゃ、ピカピカの新しい廃墟の出来上がりだ。実に簡単なお仕事って事よ」

「だったら、私はどうすれば良かったの?」

「んなもん、自分で考えろ。俺と違って、お前は命令を聞かなくても良い身分だ。高貴な生まれで良かったな。俺みたいなのは考える事すら許されない。何か言えるとしたら、精々下のもんに威張るくらいだ。今の俺のようにな」

 ヒルデガルダはもう一度、王都の姿を眺める。

 王都を焼き尽くした炎はヒルデガルダの目にも宿るものだった。王家に復讐するとはこういう事だと心に刻み付ける。だが、彼女の中の炎は荒れ狂うばかりであった。

 

 馬車が館に辿り着いた。

 堅牢な門が厳重に閉められる。数多くの兵隊が館を出入りしていた。いずれも抜き身の武器を構えている。精鋭のようだ。この館の持ち主たる貴族は帝国軍に守られる理由があるらしい。王都陥落の黒幕もこの貴族で間違いない。隣接する館が焼けている中、この敷地だけが何の被害もなかった。偶然で済ませるには、疑う材料が多すぎた。

 兵士達の手により、ヒルデガルダは馬車から出される。歩けるよう足枷は外された。代わりに、鎖付きの首輪が着けられる。鎖は兵士が持っていて、彼の気紛れにより引く事もできた。だが、兵士は付かず離れずの距離を保ち、遠巻きにヒルデガルダを監視する。

 ヒルデガルダ一人に物々しい警戒がなされていた。彼女を眺める兵隊達に好奇の表情が浮かんでいた。ヒルデガルダの身分に関して、一切を知らされていないのだろう。先程の見張りはどうも魔女の森に居た憲兵のようだ。

(ただの小娘と侮られているならば、勝機はある)

 ヒルデガルダは冷静に状況を分析しながら兵隊の中を歩く。

 

 館の一室に通される。

「ヒルダ様!」

 室内に入るや否や、甲高い声が聞こえてきた。

「いや、ヒルデガルダ様か。これは失礼。ますます母君に似られていらっしゃる。天国のヒルダ様も娘の成長を何より喜んでいる事でしょう」

 かつて夜会の噂の的ととなった端正な金髪碧眼の甘い容貌、すらりと伸びた手足、貴族趣味の派手な衣服――それはヒルデガルダの旧知の一人、ヴァンゼルトだった。彼は芝居めいた動作でヒルデガルダに傅き、その腕を取る。

「お会いしとうございました、ヒルデガルダ様」

 そして、彼女の腕に接吻した。

 反射的に拒否しようとするも、手枷の嵌められたヒルデガルダには叶わない。

「お前は相変わらずのようだ」

「その物言い。奴を思い出しますなあ。あの野犬に飼われていたという噂は本当でしたか」

「野犬。ドレイクの事を言っているのか?」

「ええ、北方騎士団長のドレイク殿の事です。色々と良くない影響を受けたご様子」

 ヴァンゼルトは表情を険しくする。

 だが、それも一瞬の事。彼は跪き、改まった口調になる。

「重ね重ね、数々のご無礼をお許し下さい。ここまで招待するにも手荒な手段を取りました。しかし、そうするより仕方がなかったのです。全てはヒルデガルダ様の為。私は貴方にスラヴェニアの新たな王となって貰いたい所存にございます」

「全ては私の為? 帝国に内通し、王都を陥落させたのも私の為と言うのか」

「その通りにございます。滅びたスラヴェニアの王家はヒルダ様、ひいてはヒルデブランド様の仇。裏切者の謗りもご両名の仇を取れたなら本望にございます」

「ならば、お前もスラヴェニアに復讐心を抱いていたという訳か」

「はい、その通りにございます。ヒルデブランド様が暗殺されてから、私にも色々な事がございました。ヒルデブランド様の死の責任を一手に引き受け、王城の役職から追放されてしまいました。全ては事前の計画だったのでしょう。私を快く思わない連中もヒルデブランド様の暗殺に一枚噛んでいたようです」

「なるほど。事情はわかった。お前にもお前なりの正義があったという事か」

「私なりの正義? いえ、これはヒルデガルダ様の正義でもございます。私と貴方のお気持ちは同じはずです。私にはわかります。全てに復讐したいのでしょう。スラヴェニアもエジンバラも帝国も全ての罪悪に復讐を!」

 ヴァンゼルトは燃える表情で語る。

「私と共にスラヴェニアを新生させましょう! 手始めはヒルデブランド様を謀殺したエジンバラの連中だ。奴らもスラヴェニア王族同様、血祭りに上げねば気が済まない。次は帝国だ。時間がかかるだろうが、ゆっくりと骨抜き血抜き殺してやる」

「帝国に寄生するお前がか? 笑わせるな」

「寄生? いいえ、違います。この館に居るのは私の私兵です。彼らは帝国よりも私に忠誠を誓っています。調略はそう難しくありませんでした。スラヴェニアを占拠している兵隊の多くは侵略された亡国の民。金銭を渡し、枷を解けば、すぐに靡きます。後は兵隊達の管理を一任されている将校に賄賂を送れば良い」

「これしきの兵で帝国に対抗するつもりか?」

「それはまだまだ先の話です。まずはエジンバラの連中。奴らは一秒たりとも長く生かしておけません。これからのスラヴェニアにとっても害でしかない。所詮は滅びつつある亡国ですよ。以前の栄華は見る影もなく、新興の帝国に圧されるばかり。ここは我々が引導を渡し、その勢力を接収すれば良いでしょう」

「つまり、お前は今後も戦を起こし続けるつもりなんだな?」

「もちろんでございます。世には巨悪がのさばっている。生きる価値のない奴らばかりだ。私欲のままに動き、国を害する虫けらばかり。そんな世を浄化させねばなりません。粛清が必要です。戦は飽くまでその手段の一つですが、有効な手立てにございます」

「お前のその目論見、実現すると思うか?」

「実現するかどうかは問題ではありません。要はやるか、やらないか。見過ごすか見過ごさぬかの問題です。ヒルデガルダ様としても、兄上を陥れたエジンバラの謀臣共が憎いでしょう? 一秒でも早く、奴らの息の根を止めたいと思っておいでのはずだ。ならば、迷う事はないでしょう。貴方の義憤は正しいものにございます。貴方は私の言う事さえ聞いてくれれば良い。後はこのヴァンゼルトめが首尾を整えましょう」

「確かにエジンバラの謀臣共は憎い。目の前に居れば、斬りかかっている所だ」

「そうです。その意気でございます!」

「お前の言う事はいちいち耳障りが良いな。王都陥落もお前の手腕があったからなのだろう」

「ヒルデガルダ様にお褒め頂けるとは、光栄至極にございます」

 ヴァンゼルトは深々と頭を下げてお辞儀する。

「だが、お前の口車には乗らぬ」

「何故?」

 動揺した口振りで、ヴァンゼルトが尋ねる。

「お前は現在の王都がどのようになっているか、見た事があるか?」

「生憎、私は裏切者として残党に狙われている身。この館に籠もり切りでございます」

「だろうな。そうでなければ、先程のような事は言えないはずだ」

「……何を言いたい?」

 地を這うような低い声で、ヴァンゼルトが尋ねる。

「戦は民草を消耗させ、街々を荒廃させるという事だ。人なくば国はならない。彼らの存在を無視して政治をするのでは良くないのだ、ヴァンゼルト」

「小娘が私に政治を語るか」

「戦は国を疲弊させる。そんな事も小娘に言われねばわからぬか、ヴァンゼルトよ?」

「では、エジンバラの連中はどうするのです? 帝国の搾取からはどう逃れるのです? 現在のスラヴェニアには様々な脅威があります。それを除かねば、民草も安心できないでしょう。人なくして国はなりませんが、国なくば人もなりません」

「振り掛かる火の粉は払う。だが、徒に戦を起こしてはならん」

「私が起こすのは戦のみではありません」

「血が流れるならば、同じだ」

 ヒルデガルダとヴァンゼルトは睨み合う。

「甘い。甘過ぎるぞ」

 ヴァンゼルトは呻くように呟く。

「まるでケーキのように甘いな、ヒルデガルダ! 振り掛かる火の粉は払う? 血が流れるならば、同じだ? そんな覚悟で国を守れるか! ヒルデガルダ。お前は何を守ってきた? ヒルデブランドにドレイク。お前は守られてばかりで何も成していない! 私は国を守ってきた。長きに渡り、このスラヴェニアを守ってきた。敵国の謀臣から侵略の軍勢、内憂の害虫、全てからこの国を守ってきたんだ! ただの小娘に何がわかる、ヒルデガルダ!」

 ヴァンゼルトの怒声が響き渡る。聞きつけた兵士の足音が聞こえてきた。

 興奮冷めやらぬヴァンゼルトと、冷ややかなヒルデガルダ。二人の間には決して埋まらぬ溝ができていた。視線と視線が交差し、敵意と敵意がぶつかり合う。

「まあ、いいだろう」

 ヴァンゼルトが不適に笑う。

「貴方のその高潔な心が、どこまで持ちますかな?」

「それはどういう意味だ、ヴァンゼルト?」

「こういう意味ですよ!」

 ヴァンゼルトは部屋の扉を指す。

 彼の怒声を聞きつけた兵士達が部屋に雪崩れ込んできた。兵士達は銃に剣に物々しい武装をしている。その先頭を切っているのは隻腕の男だった。細く伸びた長身、男だてらに肩口まで伸ばした頭髪、髑髏のように窪んだ両目――それは数年間、ヒルデガルダが一度も忘れなかった顔だった。彼女にとって、全ての元凶である裏切者。

「素早い駆けつけ、ご苦労」

「これが私の職務にございますから。労われるまでもありません」

 兵士の名はディートリッヒ、ヒルデブランドを見事に討ち果たした暗殺者だった。

「ディートリッヒ!」

 仇の喉笛を噛み千切らんと跳び掛るヒルデガルダだったが、彼女は首輪の存在を忘れていた。後方に控える兵士が鎖を引き、ヒルデガルダの首輪を絞める。だが、彼女は止まらない。後方の兵士をも引き摺らん勢いで進む。

「ぐっ、がっ」

「この様子だと、どちらが山犬かわからんな。そう彼はディートリッヒです。貴方のお目付役で、暗殺の下手人である、あのディートリッヒです。私にとって彼は操り人形に過ぎませんが、直接命を狙われた貴方にとっては異なるようですね。非常にいい表情をしていますよ」

 ヒルデガルダには聞こえていなかった。彼女の眼には兄を殺した仇以外映っていない。顔が痺れるように熱くなり、視界が白く霞んでいく。鎖を持つ兵士を引き摺りながら、ヒルデガルダはディートリッヒに向かって進んでいた。

「もう良い。飽きた。離してやれ」

 ヴァンゼルトが命令し、兵士が鎖を離す。

 弾みで、ヒルデガルダは体勢を崩した。すかさず、兵士は彼女の体を取り押さえる。ヒルデガルダは地面に組み伏せられた格好となった。それでも、彼女は仇の姿を睨んでいる。人を殺す眼とは、今の彼女の視線だった。

「よくもまあ、おめおめと私の前に姿を現したな、ディートリッヒ!」

「お久しぶりでございます、ヒルデガルダ様」

「良心の呵責はないのか? お前の所為で酷い目にあった女がここに居るぞ!」

「私は自らの職務を忠実に行ったまでです。どうか恨まないで下さい」

「戯言は聞きたくない。お前だけは確実に殺す!」

 鬼の形相で、ヒルデガルダは叫ぶ。

「ククク、先程までの貴方とは大違いですなあ、ヒルデガルダ様」

 心底愉快という表情で、ヴァンゼルトは笑う。

「兵士達に私を解放させろ、ヴァンゼルト! この男だけは今ここで殺す!」

「殺すとは物騒な。冷静に話し合いもできない様子。少し頭を冷やして差し上げましょう」

 そう言って、ヴァンゼルトはヒルデガルダを連行する。

 

 館の地下には牢屋があった。元々は倉庫だったらしい。それを改築して牢屋にしていた。何の用途に牢屋を作ったのかは、ヴァンゼルトにもわからない。彼が生まれた時には地下の牢屋が出来上がっていた。

 ヒルデガルダはその一室に入れられた。

 すぐに首輪の鎖を牢屋の奥に繋ぎ止められる。代わりに手枷は外された。そして、扉が施錠される。牢屋の一面は鉄格子になっていた。出入りも鉄格子の扉で行われる。施錠は錠前で行っていた。錠の鍵は担当の兵士が持っていく。牢屋を見張る兵士の詰所が地下にあるらしい。彼らは交代制で地下に籠もる。とはいえ、常に囚人の姿を見張るわけではなく、地下の出入りや万が一に備える事が主な仕事のようだった。

「下がって良いぞ」

 ヒルデガルダが牢屋に入ったのを見届けてから、ヴァンゼルトはディートリッヒを始めとする兵士達を持ち場に下がらせた。彼はどうやらヒルデガルダと二人きりになりたかったらしい。気を利かせた兵士が詰所に引っ込む。

「私を解放しろ! 奴の所に行かせるんだ!」

「貴方の願いを聞き入れても良いですよ、ヒルデガルダ様」

 ヴァンゼルトは優しげに微笑む。

「取引をしましょう。私の申し出を受けスラヴェニアの女王となるのです。そうすれば、ディートリッヒの身柄を差し上げましょう。貴方には何の損もない取引にございます」

 ヴァンゼルトの言葉に、ヒルデガルダの怒りは萎えしぼむ。

「まあ、今すぐ返事しろとは言いません。時間は幾らでもありますから。ただ、皇帝陛下がいらっしゃるまでに決めて頂ければありがたいですね」

「皇帝陛下?」

「スラヴェニアの統治者を決める会議がこの王都で開かれます。隣国の有力者を集め、誰もが納得のいく王を立てたいのでしょう。帝国には帝国の大儀があります。それを周辺諸国に指し示す、良い機会にもなります」

「公の了解を得て、傀儡を作りたいのか」

「建前上はそのように捉えられていませんが、その認識で宜しいと思われます」

「皇帝の他に誰が来る?」

「教皇猊下やエジンバラ王も来るはずです――ああ、そうそう。ドレイク将軍も招集されるとか。おや、今は将軍ではなく騎士団長でしたか。貴方を匿っていた為に呼ばれるそうです」

「ドレイクがここに?」

「少なくとも、皇帝陛下は招集なさるおつもりのようです」

「そうか。ドレイクが来るのか」

「何か期待されても無駄だと思いますよ。ディートリッヒが奴を恨んでましてね。貴方を餌に誘き出して、ドレイク騎士団長を殺すつもりのようです」

「ディートリッヒが? 何故?」

「奴も片腕を失ってから苦労したようです。職務を続けられなくなった為、命を狙われたとか。私が拾ってやらなければ、野垂れ死ぬ所でした。もっとも、その時はヒルデブランド様を暗殺した男だとは思いも寄りませんでしたが」

「そのまま、放っておけば良かったものを!」

「兵士は飽くまで兵士です。自分の頭で考える事はできません。彼らの役割は命令を聞く事ですからね。だから、彼を憎んではなりません。人を殺す剣や銃など、道具そのものを憎まないのと同じ事でしょう」

 ヒルデガルダは何も答えない。

「それに道具を憎んでいては、本当に憎むべき相手がわからなくなります。ヒルデブランド様を殺したのはディートリッヒですが、それを命じた人間は別に居るのです。彼らを憎まなければなりません。彼らを殺さなければ、同じ悲劇が繰り返される事でしょう」

「だが、戦争は人々全てを苦しめる」

「苦しむのは人々ではありません。巨悪の手先となる道具共です。無辜の民などと考えてはなりません。彼らは知らず知らずに害虫を育てているのです。農民は暴君を肥やし、兵隊は暴君を守ります。敵に連なる多くの者を殺さねば、敵は倒せません。屍の山を築き上げて初めて、真の敵を討つ事ができるのです。犠牲を恐れては何も成りません」

 ヴァンゼルトは熱く語るのであった。

 

 数日後の夜、ヒルデガルダは牢屋の寝台に横になっていた。

 牢屋の中には寝台以外の物は何もなかった。用を足したくなれば、詰所に居る兵士を呼ばねばならない。彼は手枷をつけてから繋がれた鎖を外すよう指示されていた。そして、常に鎖を持っている。用を足している最中も扉の外の兵士は鎖を握ったままであった。

 あらゆる脱走方法を試したが状況は厳しかった。館の兵士達は徹底して鍛えられており、隙を探るだけでも四苦八苦する。詰所の兵士も話し掛けてみたが返事はなかった。雑談には応じる気配がない。何かしらの用を言いつける時にだけ反応がある。

 もう一つの牢屋の特徴として通風孔がある。細身の子供がやっと通れる程の大きさで、四つの格子が嵌められてあった。そこから外を覗けば、兵隊達の軍靴が見える。館の排水溝に紛れて、通風孔があるようだ。誰も地面近くの穴を気にする者は居ないはずだった。

「お嬢様! ヒルデガルダ様!」

 誰かが呼ぶ声で、ヒルデガルダは目を覚ます。

「私を呼ぶのは誰だ?」

「フーリにございます。通風孔を見上げてください」

 言われた通りに、ヒルデガルダは見上げた。格子の隙間からフーリの顔が見える。褐色の肌に可愛らしい猫目。それは数日前に離れ離れになったフーリの顔だった。

「ああ、フーリ! 大丈夫だったの?」

「はい。私とエステル様は無事に逃げ果せる事ができました。それもこれも、お嬢様のおかげです」

「そう。良かった」

 ヒルデガルダは安堵する。ヴァンゼルトに捕えられている状況の中、エステルとフーリの安否は確かめる事もできず、気掛かりの一つとなっていた。

「東の運河沿いにある町へ行き、そこでエステル様とは別れました」

「エステルは何処に向かったの?」

「旦那様の城を紹介しておきました。紹介状を渡したので、旦那様が留守でも邪険にされる事はないと思います」

「流石、フーリだわ。完璧な仕事振りね」

「お褒めの言葉は結構。今はお嬢様の安否が重要でございます」

「そうね。どうにか逃げ出したい所だけれど、ここの警備は厳重過ぎて無理だわ」

「警備の厳重さは身を以って経験しました。おかげで何人かの兵士は沈黙させるしかなく、もう一度潜り込む事は困難になってしまいました」

「フーリはもう来れないの? じゃあ、私はどうすれば?」

「旦那様と合流して何とかしようと思います。ですので、お嬢様は心配しないで下さい。無理に逃げ出そうとしたり、隙を作ろうとする必要もありません。その代わり、いざという時は動けるようにしておいて下さい」

「わかったわ」

「それでは。もうじき交代の兵士がやって来ますので」

 そう言い残して、フーリは行ってしまった。

 

 

 

「久しぶりだな、ドレイク。お前さんの噂はここまで聞こえているぞ」

「騎士団が解散して以来だな、ジョルジオ。お前は随分と変わったように見える」

 王都にある宿屋で、ドレイクはジョルジオと握手を交し合う。

「お前の方は変わらんなあ。でも、今は出世した将軍様な訳か?」

「部下が多いだけだ。領地は狭く収入も低い。そもそも、将軍なんて役職は恨まれる事が多いだけの外れくじだった」

「その物言い。以前と全く変わらんなあ。根っこは今でもゴロツキな訳だ」

「お前の方は驚く変わり様だ。宿屋の主人をしているとは思わなかったぞ。俺はてっきりお前は今でも文無しのままだと思っていた」

「酷い言われようだな。宿屋の娘と結婚したのさ。義父が亡くなり、そのまま店を継いだ。子供ももう居る。息子が一人に娘が二人だ。あまり表には出さないが奥向きの手伝いはさせている」

「お前が子供か。時は経つもんだ」

 ドレイクは感傷に浸る。

「それに王都が陥落するとはな。考えもしなかった事だ」

「ああ、そうだな。今でも焼け跡が多い地区は物騒だと聞く。家を失った奴らが盗みを働き、治安を守る兵士が威張り腐っているんだとか。幸い、この地区は焼けなかったが、広場裏の市場は酷い有様だ。兵士の略奪や暴徒の簒奪が横行している」

「そう言えば、広場で何やら工事をしていたが何を建てているんだ?」

「ああ。あそこは救護院があった所だ。今回の戦いで焼けちまったらしい。何でも国教会を建てるんだとか。信仰篤い帝国の皇帝様から直々に指示があったらしい」

「救護院? 救護院は別の地区だっただろう?」

「昔の救護院は十年ほど前に老朽化で取り壊されたんだ。今回焼けた救護院は移設された方だ。まあ、救護院は完全に閉鎖されるらしい。貧民の救済は国教会が務めるんだとさ」

「そうか。救護院が……」

「ああ、お前が居た頃とは王都も随分変わったよ」

 ドレイクとジョルジオは感傷に浸った。

「ところで、ドレイク。お前さんは何で王都に戻ってきたんだ?」

「何でとは?」

「噂でお前さんの話を色々と耳にする。何でもかなり危うい立場らしいな」

「そうだと言ったら?」

「正直、関わりたくないんだ」

「ほう」

 地の底から響く冷たい声が出た。ドレイクは隻眼に力を込める。

 だが、ジョルジオは首を振りながら続けた。

「冷たい物言いだと思うが容赦してくれ。下手な事をして目を付けられる訳にはいかないんだ。妻も居るし、子もいる。俺一人ならともかく家族を危険に晒すのは絶対に避けたい」

「わかった」

 ジョルジオの話にドレイクは頷く。

「お前やお前の家族には危険が及ばないようにしよう約束する。お前も何かあった時は無関係を装え。間違っても、俺とお前は旧友だなって言うんじゃないぞ」

「そんな間違いは犯さねえよ」

「だが、ジョルジオよ。宿は借りて良いか? 正直、王都にまともな伝がないんだよ」

「困ると言いたい所だが、昔のよしみだ。泊まるくらいなら良いだろう」

「助かった。それともう一つ良いか?」

「何だ?」

「家族を守る為、闘うべき時もある。平時において、できるだけ保身を図るのは仕方がない。だが、いざという時は立ち向かう人間になって欲しい。それが俺の望みだ」

「はっ、立ち向かうべき時なんざ来ないさ。やばい時は逃げるに限る。少なくとも、俺のような下々の人間が天下国家に関わる事はねえ。逃げるが勝ちで済む場合がほとんどよ」

「果たしてそうかな? どんな人間にも大事に関わる時は必ず訪れると思うぞ」

「まあ、訪れたとしても、多くは何も動かないだろうさ」

「果たして、そうかな? 俺は小娘が国の一大事を動かす事もあると思うぞ」

「じゃあ、その時が来たら動いてやるよ」

「自分の言葉を覚えていろよ」

 ドレイクは含み笑って言うのであった、

 

 フーリと合流したドレイクはヒルデガルダの救出計画を練った。決行のタイミングだけは既に決まっている。それは数日後、帝国の皇帝や教皇が王都にやってくる直前だった。

 二人がそのタイミングにしたのは二つの理由があった。

 一つは皇帝を歓待する為、多くの衛兵の注意がそちらに向く事だ。当日、人々は王都の城門に集まる為、どうしても中央部は手薄になる。ヴァンゼルトの館も例外ではないだろう。少なくとも、王都の衛兵は城門を警備しに行くだろう。

 そして、もう一つ決定打がある。スラヴェニアの残党によるヴァンゼルト襲撃計画。それとヒルデガルダの救出計画を合わせられる公算が大きかったからだ。それはフーリの手柄による所が大きい。彼女はヒルデガルダの所在を探索していた時、スラヴェニアの残党と接触していたのだ。幸い、残党の中には、ドレイクの旧知が居た。同じ聖灰騎士団に属していた盟友だった。

 後は詳細な計画を詰めるのみ。

 フーリが何日も偵察し調べた情報を考慮して、救出計画が練られる。

 そして、決行当日になった。

 王都の城門ではラッパが鳴り響き、音楽隊の演奏が始まる。人々の歓声と共に、規則正しい行進の足音が聞こえてくる。賑やかな声に荒んでいた王都の人々も集まっていた。

 その影で暗躍する者共が居る。スラヴェニアの残党だった。彼らは縁あるエジンバラの貴族に匿われ、帝国の憲兵隊や衛兵の目から逃れていた。だが、彼らは隠れ潜むだけの安寧を良しとしなかった。帝国に一矢でも報いんとして、密かに王都へ戻っていた。

 彼らが狙うは裏切者のヴァンゼルト。スラヴェニアの王都に帝国軍を招き入れ、王城を陥落させた張本人だ。厚顔無恥にも王城近くの敷地に館を構えたまま、住まいを変えていない。警備が厳重な皇帝を討つ事は不可能でも、ヴァンゼルトを討つ事は可能に思えた。

 スラヴェニア崩壊の下手人に死を。

 それがヴァンゼルトを襲撃せんとする残党の目的だった。

「かかれ」

 館に馬車が出入りした瞬間、銃声が轟いた。同時にスラヴェニアの残党達が雪崩れかかる。ほとんどの襲撃者達は軽装だった。衛兵の目を忍びながら重装備をするのは難しかったからだ。対するヴァンゼルトの私兵は重装備だった。帝国の最新式の銃を持ち、硬い鎧に守られている。

「急ごう。長くは持たない」

「はい、わかりました、旦那様」

 ドレイクとフーリは残党と私兵の小競り合いを遠巻きに眺めていた。彼らが居るのはヴァンゼルト邸の敷地内だ。偵察の間にフーリが作っていた抜け道から内部に侵入していた。残る問題は厳重な警戒だったが、それも襲撃者達によって解消されている。

 襲撃の対応に忙しい私兵達の目を盗んで、二人は館内に入った。既に間取り図は入手してあり、地下への最短経路は把握している。

 館内はもぬけの空だった。兵士達の姿は愚か足音一つ聞こえてこない。

「そういえば聞いた事がある。有力貴族の屋敷には王城へ繋がる抜け道がある、とか」

「ヴァンゼルトは由緒ある家系の当主だと聞いています。その可能性も充分あるでしょう」

「抜け道か。作り話だと思ってたんだがな」

「抜け道の有無の確認より、お嬢様の救出が優先です。早く行きましょう」

「そんな事はわかっている」

 二人は地下へと急行する。

 地下の詰所には数名の兵士が残っていた。屋外の喧騒に気付いていないらしく、身構えた様子はなかった。急な襲撃の慌しさの中、忘れ去られたのだろう。

 気取られる前に制圧する。

 詰所の扉を蹴破ると同時に、ドレイクが跳び込む。遅れて、二丁拳銃を携えたフーリが突入する。兵士達は何が起こったかわからない間に、剣を突きつけられていた。死角となる兵士には照準が合わせられる。

「気をつけ!」

 ドレイクが一喝する。敢えて号令の文言を選んだ。将軍の怒声は、混乱する兵士の本能を掌握する。彼らは反射的に背筋を伸ばして直立した。その隙を逃さず、ドレイクとフーリは敵兵を殴る。二名の兵士が倒れた。

「お前達、何者だ!」

 ドレイクとフーリの蛮行に、一人の兵士が剣にを掛けた。

 だが、それは悠長な行動だった。既に臨戦態勢を取っている二人には問答無用。剣を抜く間もなく、薙ぎ倒され踏みつけられる。他の兵士は一連の出来事を見ているだけだった。

「こうなりたい者は居るか?」

 ドレイクは足元の兵士を強く踏みつける。足元から苦悶の声が漏れた。

 全ての兵士達には剣と銃が突きつけられていた。この期に及んで反抗する兵士は居ないらしく、彼らは首を振るばかりである。ドレイクとフーリは兵士達を脅して、互いに互いを縛らせた。地下牢の詰所という場所柄、手錠には事欠かない。二人一組で手錠の鎖と鎖を交差させる。

「ふう。何とか制圧できたな。後はヒルデガルダを助けるだけだ」

「旦那様、鍵束が見つかりました。尋問した所、これで牢屋も空けられるようです」

「尋問? そんな事を教えた覚えはねえぞ」

「独学です」

 フーリは鍵束を回してひけらかす。

 後はヒルデガルダを助けに行くだけだった。二人は兵士達を沈黙させる。救出計画は順風満帆に進んでいた。計画では、館内の兵士と戦う事も考えていた。しかし、屋内の兵士も居なかった為、予想以上に事が上手く運ぶ。

「ふむ。簡単過ぎるな」

「どうかしましたか、旦那様?」

「何か嫌な予感がする。俺の勘違いだったら良いんだが」

「ご明察です、ドレイク将軍」

 二人の会話に、男の声が割ってはいる。

 途端、兵士達が詰所の中へ雪崩れ込み、二人は完全に包囲された。彼らは銃口の下に短剣を着けた銃を構えている。見慣れない武器だった。だが、その恐ろしさは見ればわかった。遠ければ撃ち、近ければ突く。遠間では届かない槍と近接では撃てない銃の弱点が、この武器にはないのだ。

「これは銃剣ですよ」

 指揮官らしい男が自らの武器を誇らしげに見せる。

「銃剣?」

「ええ。元来の銃では白兵戦に対応できませんでした。乱戦になれば敵と味方が入り乱れ、同士討ちの可能性が高くなってしまうからです。ですが、銃に短剣を着ける事で、白兵戦にも対応できる砲兵を用意できます。それがこの銃剣です」

「なるほど。銃と剣を入れ替える隙をなくす訳か。面白い事を考える

「これで戦場に槍は必要なくなり、騎士の力も衰えてしまうでしょう。実際、帝国には騎士が居なくなりつつあります。代わりに銃士が現れているのです」

 男は高々と銃剣を掲げる。

「騎士が居なくなる? そんな訳がなかろう」

「それが帝国と他国の違いです。帝国は旧弊を革新し、積極的に新しい知恵を取り込んでいる。未だに王族や貴族が権力闘争に明け暮れているエジンバラとは訳が違います」

「エジンバラの衰退は、俺も心を痛めている。だが、騎士はそれと関係なかろう」

「いいえ、違います。騎士は権力の守護者。富を貪る王族を守り、権力を集る貴族に加勢する。貴方達が居る限り国は変わらないでしょう」

「ならば、銃士も似たような者だな。騎士に取って代わるだけだ」

「確かに、そうかもしれませんね。騎士も銃士も本質は変わらないでしょう。しかし、大事なのは、そこじゃありません。銃士が騎士を倒すという事です」

「ふん。何が言いたい?」

「私が貴方を殺すという事です」

「できない事は言わない方がいい。後悔するぞ」

「後悔するのは貴方の方です、ドレイク将軍。私の事を忘れたとは言わせませんよ?」

 男の言葉に、ドレイクは目を細める。

「知らんな。お前みたいな男には会った事がない」

「貴方に片腕を斬られた男だと言えばわかるでしょうか?」

 ドレイクは思い出す。

 燃え盛る軍陣に倒れる英雄と血染めの姫君。彼らに近づく死の影――それは硝煙を臭わし、氷の刃を隠す暗殺者、王家の命令を受けた忠実なる僕、ディートリッヒだった。巨馬に跨り、大剣を振るう感覚がドレイクの腕を走る。

「ヒルデブランド殿を討った暗殺者か。腕の調子はどうだ?」

「どうやら、思い出して頂けたようですね。あれから辛酸を嘗めさせられました。貴方が腕を斬ってくれたおかげで、まともに動く事もできない中、渡された褒美は鉛弾でした」

「口封じに殺されそうになったという訳か」

「はい。ですが、寸での所をヴァンゼルト様に拾って頂き、この有様です」

「奇縁と言う奴だな。お前に再会するとは思わなんだ」

「いいえ、奇縁ではありません」

 ディートリッヒは話の流れを断ち切った。

「これは私が仕組んだ事です。ヒルデガルダ様の近くで張っておけば、貴方達が来るだろう事は簡単に予測できました。ヴァンゼルト様から私兵をお借りし、詰所の兵士達を囮にし、貴方達を待っていた訳です」

「つまり、俺に復讐しに来たという訳か」

「ええ。この腕が痛む度に、私は貴方の事を思い出していました」

「わかった」

 ドレイクが両腕で剣を構える。

 ディートリッヒと傘下の私兵達も警戒を強めた。照準を二人に合わし、引鉄に掛けた指に力を込める。号令一つで、一斉射撃が行われるだろう。

「フーリ、あれを頼む!」

「しかし、旦那様」

「事前に決めただろう。予断が許される状況じゃない」

「……わかりました」

 一触即発の空気が流れる。

「じわじわと嬲り殺しにしたかったのですが、何やら企んでいるようですね。困った事になる前に、殺しておきましょうか」

 ディートリッヒが片腕を上げる。

「者共、撃て!」

 瞬間、炸裂音が鳴り響いた。

 視界を晦ます煙幕が溢れる。構える私兵達の照準が狂いに狂った。闇雲に撃たれた銃弾に手応えはなく、返るは無機質な跳弾のみ――煙幕の中から、ドレイクが突進する。剣を横に構えた体当たりは数名の兵士を巻き込み、銃士の隊列を乱した。

「必ず助けに戻ります、旦那様」

 フーリの足音が遠ざかっていく。先にヒルデガルダを助けに行くようだ。

「待て!」

 幾人かの兵士が追い掛ける。

 しかし、フーリの銃弾とドレイクの剣が行く手を阻んだ。

「俺一人で充分だ」

 敵を薙ぎ倒しながら、ドレイクが叫ぶ。

「いいでしょう」

 ディートリッヒが不敵に笑い、銃声が鳴り響いた。

 

 

 

「フーリ!」

「お助けに参りました、お嬢様!」

 轟く銃弾の雨の中、フーリはヒルデガルダの捕えられた地下牢に到達する。格子の隙間から渡された剣を渡し、扉の鍵を探す。鍵束には幾つもの鍵があり、フーリは苦戦しているようだった。

 その間、ヒルデガルダは首輪に着けられた鎖を叩き切る。狙い目は壁と鎖の継ぎ目のだった。長年の劣化で継ぎ目の鉄は腐食している。一刃の下に両断する事ができた。ヒルデガルダの首輪から垂れた鎖が地面を這い回る。

「この牢屋の鍵がどれかわかりません」

「最も細い鍵よ。開ける時に少しコツが要るわ」

「この鍵ですか?」

「ええ、それよ」

 フーリは錠前と格闘する。だが、開かない。

 焦れたヒルデガルダが格子から手を伸ばし、錠前と鍵を掴んだ。少しの時間、鍵を回す指に力を込め、やっと錠前が開く。ガチャリと音を立て、格子の扉が開け放たれた。

「錠前が一番安物ね」

 ヒルデガルダは首輪の鍵穴を撫でる。

「申し訳ありませんが、お嬢様。残念ながら、首輪を外す猶予はございません。旦那さまが敵に囲まれておいでです。一刻も早くお助け申し上げねばなりません」

「ドレイクが!」

「はい。すぐに参りましょう」

 二人はドレイクの居る詰所へ急行する。

「ドレイク!」

 詰所に飛び込んだヒルデガルダは、ドレイクを囲む兵士達を打ち倒した。両腕を以って剣を振るい、敵の脚に腕に胴に斬り込んでいく。フーリも彼女の死角を埋めるように銃撃するのであった。

 敵兵の壁を薙ぎ倒れ、ドレイクの姿が見える。

「ドレイク?」

 ヒルデガルダの手が止まった。隙と見て襲い掛かる兵士をフーリが組み打つ。

「これで私の復讐は成りました」

「ぐぬう」

 ディートリッヒの銃剣が、ドレイクの肩口に突き刺さる。続いて、ダメ押しの銃弾が捻じ込まれた。ドレイクの体が吹き飛び、血飛沫が舞う。倒れたドレイクの鎧と石床が摩擦を起こし、火花が散った。反響した銃声が、ヒルデガルダの耳朶を打つ。

 彼女の頬に一滴の血が垂れた。

 脳裏を過るのは、ヒルデブランドの死だった。銃声が轟き、舞い散る血潮がドレスを染める。漏れ出る生命を掴もうと、兄の首を抑えるが止まらない。ドクドクと血泉は湧き続け、手中の生命は失われていく。燃える生命の紅きが炎に照り輝く。

「ディートリッヒ!」

 ヒルデガルダの精神は焼かれた。

 野獣の如き咆哮を上げ、ディートリッヒに突進する。兵士の一人が割ってはいるも相手にならない。凄まじい速度で剣閃を振るい、首と胴を切り離す。そして、勢いのまま、ディートリッヒに斬りかかる。受け止めた銃剣は真っ二つに両断された。怒るヒルデガルダに血の雨が降り注ぐ。

「剣を抜け、ディートリッヒ! それがお前の未来だ!」

 両断された銃を剣で指す。

「いいでしょう。あの時、やり損ねた仕事を、たった今果たさせて頂きます」

 ディートリッヒは左腕で剣を抜き、右腕がその下に添えられる。

 尋常とは間逆の持ち方だった。義手の右腕では、その持ち方しかできないのであろう。磁石か何かが仕込まれているらしい義手は、しっかりと剣の柄を握っている。全く使い物にならない訳ではないらしい。

 両者は睨みあい、剣先と剣先が向かい合う。雌雄を決する時が来た。

 先に動いたのはヒルデガルダだった。鋭く左右に剣を打ち込み、勢いのまま転身し後退する。

 しかし、ディートリッヒの追撃は鋭く伸びた。

 剣の柄から左手を離し、義手たる右腕だけで突きを放つ。不意を打つ義手の片手技。ディートリッヒの奇襲は必殺の一撃だった。並の剣士が相手なら、これで決着が着いただろう。

 だが、ヒルデガルダも奇襲を掛けていた。

 首輪から伸びる鎖――転身したヒルデガルダの回転によって、地を這う鎖が蛇のように牙を剥き、ディートリッヒに襲い掛かる。鎖は彼の右腕に巻き付き、突きの威力を殺した。そして、振り向き様の一撃が鎖に続く。

 ディートリッヒは左手を剣に戻す。ヒルデガルダの狙いは剣を払う事だと気付いたからだ。

 気力充分の一撃が、彼の全身を痺れさせた。

 何とか左腕は間に合い、剣を手放さずに済む。とはいえ、ディートリッヒの体勢は崩れていた。その隙をヒルデガルダは見逃さない。胸元に小手に腿に、ヒルデガルダの剣先が跳ねる。

 咄嗟の動きで胸元だけは護る事ができた。左手首と右腿に鋭い痛みが走る。だが、致命傷ではない。ディートリッヒは再び剣を構え直す。剣を持つ左腕を後方に隠す片手構え。ディートリッヒの右腕を通して、両者は繋がれていた。

 対峙するヒルデガルダとディートリッヒ。

 しかし、両者の心境は異なる。ヒルデガルダは手応えを感じていたからだ。実際、ディートリッヒの戦力は奪われていた。左手の握力はなくなり、右足は踏ん張りが利かない。破れかぶれの片手構えは殆どハッタリに等しい。だが、ディートリッヒには狙いがあった。

 跳ねるように飛び掛り、ディートリッヒは剣を振るう。ヒルデガルダはそれを往なし、ディートリッヒの剣を巻き上げた。返す刀でディートリッヒを袈裟斬りにする。しかし、ヒルデガルダの一撃は肩口で止まった。ディートリッヒの右腕から生えた刃で受け止められたのだ。

 銃声が鳴り響き、ヒルデガルダの剣が真っ二つに折れた。

「只の義手だと思いましたか?」

 勝ち誇ったディートリッヒは饒舌に語る。

「私は暗殺者ですよ。義手に銃剣を仕込むなど訳がないのです。貴方の敗因は私と正々堂々闘おうとした事です。銃を叩き切った所で、私を切れば良かったものを。半端に騎士道精神を振りかざすから、このような事になるのです」

 そして、ディートリッヒはヒルデガルダから距離を取る。確実を期すつもりなのか、義手に仕込んだ銃剣に弾薬を装填する。しかし、その動きはたどたどしい。折れたヒルデガルダの剣がディートリッヒの肩に刺さったままだった。

 ヒルデガルダは周囲を見回す。

 足元には義手に絡まった鎖、遠くには倒れたドレイクと闘うフーリの姿が見える。ドレイクは伏したまま動かない。フーリは短剣で戦っている。間合いに勝る銃剣を相手に苦戦している様子だった。ヒルデガルダに構う余裕は見られない。

「正直、あの日に殺して差し上げられなかった事を後悔していたのです。私が殺し損ねなければ、貴方が苦しむ事もなかった。そう思えば、心が痛い。ですので、今回はきっちりと引導を渡して差し上げます」

 ディートリッヒは躊躇なく銃弾を撃った。

 ヒルデガルダは首を横に振り被りながら銃弾を躱す。代わりに命中したのは左腕だった。しかし、ヒルデガルダは怯まない。残った右腕で勝機を掴み取らんとする。

 対する、ディートリッヒは右腕の銃剣でヒルデガルダを貫かんとしていた。だが、それは叶わない。飛来した義手が短剣を阻んだのだ。首を振り被ったのは銃弾を避ける為だけではなかったらしい。磁石の着いた義手が短剣を握り込む。

 ヒルデガルダはディートリッヒを組み倒した。彼の上を馬乗りになり、左肩に刺さる剣先を抜き取る。そのまま、胸元に突き刺した。剣先を掴むヒルデガルダの右腕から血が滴り落ち、ディートリッヒの傷口に滲み込んでいく。

「この剣先を押し込めば、お前は死ぬだろう。何か言い残した事があるか?」

 それは冷酷な言葉だった。

「私は命令に従っただけです。殺したくて殺した訳ではない」

「そんな言い訳が通じると思っているのか?」

「貴方達を殺さなければ、屍となったのは私の方です。命令違反は重大な軍規違反。私は軍法会議にかけられ、処刑された事でしょう。尤も命令を遂行しても殺された訳ですが。進むも地獄、進まぬも地獄。私の運命はあの時点で決していました」

 ディートリッヒは観念したように語る。

 彼の死相は兄のそれと似ていた。血の気を失った蒼白な顔面に、燃えるような炎を瞳の奥に忍ばせている。それは自らを焼く怒りの炎だ。だが、死に逝く表情そのものは穏やかに見える。彼らは知っているのだ。死は自らを焼く業火の苦痛から解放してくれる、と。

「お前の事情はわかった。だが、私はお前を殺す」

「貴方に私を裁く権利があるとでも? 貴方は既に幾人もの兵士を手に掛けた。私と同じ穴の狢でございます。復讐の炎に燃える鬼人だ」

「いや、私はお前の罪を許そう。兄の事は仕方がなかった。私の炎はここで絶やそう」

「ならば、どうして殺すのです?」

「お前はドレイクを許すか? あいつが仮に生きていたとして、もう二度と襲い掛からぬと誓えるか? ならば、見逃してやろう。振り掛からぬ炎をむざむざ消す事はない」

「貴方は私の辛酸を知らない」

 ディートリッヒが燃える表情で言い放つ。

「私にも誇りがありました。志がありました。薄暗い任務でもスラヴェニアの役に立っている、と。積み重ねた任務の先には平和な世界が待っている、と。だが、奴に全てを奪われたのです。磨いた腕も偉大なる任務も地位も立場も何もかもを。私の右腕と共に全てを奪っていきました」

「で、あるか」

 そして、銃声が鳴り響く。ディートリッヒの脳天に穴が開いた。

「お前が殺る必要はない」

 振り向けば、拳銃を握るドレイクが立っていた。脇には彼を支えるフーリの姿がある。全ての敵は片付いたようだった。地に伏した兵は起き上がる様子もなく、呻き声を上げ、僅かに身動ぎをするばかりである。

「流石に死ぬかもしれんな」

「傷は大丈夫なのか、ドレイク?」

「何とかな。死に損ないだが生き永らえている」

 肩で息をしながら、ドレイクが答える。

「お前ほどの男が情けないぞ。こんな奴らに不覚を取るなんて」

 ヒルデガルダは精一杯の軽口を叩く。傍目から見ても、ドレイクの傷は致命傷だった。

「お前らが戦ったのは生き残りだ。大半は俺が叩いた。後からやって来て、おいしい所ばかり持っていくんじゃない。ディートリッヒは俺の獲物だった」

「そんな怪我で強がるな」

「強がるさ。まだ、やらなければならない事があるからな」

 そう言って、ドレイクは立ち上がった。

 

 

 

 王城の大議事堂に人々が集まっている。

 そこに居たのは錚々たる面子だ。正面に座る皇帝と教皇を始めとし、帝国の有力貴族が並ぶ。左右にはエジンバラなどの周辺諸国から来た貴族が集まり、その末端にはヴァンゼルトが加わっていた。彼はスラヴェニアの貴族で唯一会合に出席している人間だった。

「スラヴェニアは信仰を忘れ、権力を欲しいままにしていた」

 教皇が声高に語る。

「王権は神から与えられたもの。王族には神に仕える義務がある。だが、スラヴェニア王家はこの義務を怠った。魔女を跋扈させ、邪教の教えが蔓延るのを傍観していたのだ。我ら、教皇庁に連なる皇帝はこの事態を重く見、スラヴェニアに軍を進めた次第である」

 長口上は帝国の大義名分を語っていた。

「よって、新たなスラヴェニア王は高潔にして、謙虚なる人物が選ばれねばならん。さて、ここに集まる諸侯にはその心当たりがあるか」

「私めに心当たりがあります」

 ヴァンゼルトが甲高い声を更に高く張り上げる。

「スラヴェニア王家の生き残り、ヒルデガルダ姫にございます。彼女は高潔な心故、先王に疎まれており、エジンバラの人質となっていました。しかし、新たな王とすれば、神の御心に添うような仁政を布く事でございましょう。このヴァンゼルトが保障します」

「なるほど。人質の逆境は神の試練。その苦労は一通りではなく、姫君も謙虚な心を得た。そして、試練を乗り越えた姫君は女王に相応しいという訳ですかな、ヴァンゼルト伯爵?」

「その通りでございます、教皇様」

 ヴァンゼルトは恭しくお辞儀しながら答えた。

「だが、暴政を布いたスラヴェニア王家の人間が、再び王になるのは如何なものか。ここは何かしらの監視装置が必要だ。そこで宰相を立てようと思う。幾らかの兵隊の指揮権を渡し、外交特権も持っている、目付け役としての宰相だ」

 続いて、皇帝が提案する。

「それでは、その宰相はどなたに?」

「スラヴェニアの事はスラヴェニアの者に任せるのが一番良い。ここはヴァンゼルト伯爵殿に頼もうと思う。彼なら、我々も監視役を任す事ができる」

「では、ヴァンゼルト伯爵殿をスラヴェニアの宰相に任命する事で宜しいかな?」

「異論はないな?」

 皇帝と教皇が大議事堂の一同に尋ねる。それは有無を言わせい響きを持っていた。

「異論があります、皇帝陛下」

 エジンバラの貴族と共に座るドレイクが口を開く。

「下がれ、ドレイク。お前のような者が発言して良い場ではない」

 ヴァンゼルトが叫ぶ。

「まあ良い、ヴァンゼルト伯爵殿。貴様はドレイクだったか? 確か、エジンバラの北方騎士団長だったな。我が軍が何度も煮え湯を飲まされた名将だと聞いている。ここにはヒルデガルダ姫を護送する為召集したはずだったか」

「私のような者を記憶頂き光栄です、陛下」

「能書きは良い」

「恐れながら、申し上げさせて頂きます。ヒルデガルダ姫は我がエジンバラに縁ある者でございます。我々は飽くまで暴政施すスラヴェニア王家から姫君を保護していただけ。人質の謗りは余りにも現実と異なるものです」

「それを証明するものは何かあるのか?」

「エジンバラ王より書状にございます。新女王ヒルデガルダを認め、スラヴェニアと同盟を結ぶ事を望む、と書かれています。つまり、エジンバラはヒルデガルダ姫を信任する訳にございます」

 皇帝は頷きながら考える。

「では、宰相はヴァンゼルトではなく、我が帝国の臣から送ろう。隣国同士協力して、スラヴェニアを盛り立てていこうではないか」

「しかし、皇帝殿!」

 ヴァンゼルトが意義を申し立てる。

「私の決定に依存があるのか?」

「ぬう。ありません」

 渋々、ヴァンゼルトは皇帝の決定を認めるのであった。

 

 会議が終わらぬ中、ドレイクは早めに大議事堂を退出する。

「これはどういう事なの、ドレイク?」

「最期に、俺からお前にしてやれる事はこれくらいだ」

 ドレイクの体が崩れ落ちる。慌てて、ヒルデガルダが肩を貸す。

 先程まで平静を装っていたが、ドレイクは満身創痍だった。全身に銃弾を浴び、大量の血を流している。現在は応急措置で止血しているが、依然として予断を許さない状況のはずだ。両足で立っている事が奇跡とも言えるだろう。

「現在のエジンバラが最も警戒しているのはヴァンゼルトだ。逆に小娘のお前は御し易いと思っている。だからこそ、俺の提案を飲んだ訳だ。お前を女王として信任し同盟を要望する書状を書いた。そうすれば、あの皇帝はお前とエジンバラの関係を疑うだろう」

「ヴァンゼルトの狙いは宰相だった訳ね?」

「それも王を凌ぐ特権を持つ宰相だ。だが、その企みは挫かせて貰った」

 ざまあみろ、と笑いながら、ドレイクは続ける。

「逆に帝国の望みは侵略と思われない体裁で、スラヴェニアを支配する事だ。その為にヴァンゼルトを使った。奴と帝国は表面上無関係だからな。だが、裏では明確な力関係がある」

「じゃあ、どうして皇帝はヴァンゼルトを宰相にしなかったの?」

「ヴァンゼルトは危険過ぎると考えていたんだろう。皇帝からしてもスラヴェニアを裏切った不忠者である事には変わりない。他の手駒や代案があれば、奴に権力を与える真似はしないはずだ」

「代案ね」

「そう。代案だ。エジンバラが露骨にお前との関係を主張したからこそ、皇帝も意見を変えたのだろう。エジンバラが利権を主張するなら、皇帝も堂々と帝国の人間を送り込める。そして、周辺諸国も今回の戦は帝国単独の侵略ではなく、帝国とエジンバラの小競り合いだと認識するだろう。皇帝にとって、一番恐いのは対帝国同盟を結成する口実を与える事だ」

「……本当にエジンバラはヴァンゼルトを警戒する為だけに?」

「俺は『ヴァンゼルトを警戒する為だけ』とは一言も言ってないぞ。エジンバラにとっての利権はお前との繋がりだ。お前がどう思っていようが関係ない。既にお前は帝国とエジンバラの権力争いに巻き込まれている。エジンバラがお前を擁立したという、その事実こそが重要だ。お前という対立軸を元に、帝国に対抗できるようになるからだ。これは恐らく、後々強い意味を持つはずだろう」

「私の意志は関係なく、この王城で帝国とエジンバラの争いが始まる訳ね」

「そういう事だ。お前が何を考えているかなど、奴らは興味がない。お前を支配できるかどうか。ここに奴らの興味がある。エジンバラは今日の事、お前を支配する材料に使うだろう」

 言い終えたドレイクが咳き込む。抑えた手には血が混じっていた。

「大丈夫なの、ドレイク?」

「ハアハア。恐らく、俺はもう駄目だ」

「気弱な事を言わないで」

「いいや。自分の体は自分が一番わかる。傷は治らずに俺は死ぬだろう」

「今は弱っているだけだよ。療養に集中すれば、きっと直るはずよ」

「気休めはいい。それよりも言い残した事がある」

「言い残した事?」

「お前は愚か者を演じろ。決して、聡い本性を見せるな。兄のようになるぞ」

「わかったわ」

「それと、お前の剣は折れてしまっただろう。俺のをやる。この剣を見せれば、スラヴェニアで騎士団をしていた時の旧友がお前に協力してくれるはずだ」

「確か、盟友だったっけ?」

「何処でその言葉を知った? まあいい。その通りだ。それは盟友の剣。その剣を携える者は盟約に関わる者達の協力を得る事ができる――いざという時はジョルジオという男の切り盛りする宿に向え。そこに行けば、盟友の騎士が連絡してくるだろう。そのように伝え置いた」

「本当に色々と準備してくれていたのね」

「もちろんだ。これから、お前は王城という戦場に行く。それは大国と大国が利権を争う激しい闘争の場だ。そんな場所にお前を丸腰で行かせるには忍びない。俺のできる限りの事をして、お前に武器を残してやりたかった」

「どうして、ドレイクは私に良くしてくれるの?」

 ドレイクは微笑みながら言う。

「妻子が居たんだ。だが、戦勝を祝いに俺の軍陣へ来た所、敵の残党の奇襲で殺された。奇しくも、お前の兄が殺された時と似たような状況だった訳だ。その時にこの片目も無くした」

 気付けば、ドレイクの傷が開いている。包帯越しに血が滴り落ちた。

「その所為か、お前を他人に思えなくてな。どうしても、世話してやりたくなる。少し娘に似ているんだ。俺のような男の娘に似ていると言われても嬉しくなかろうがな」

「いいえ、嬉しいわ、ドレイク」

「だからか知らんが、お前がディートリッヒを許すと聞いた時は嬉しかった。正直、不安だったのだ。お前が女王を務められる器かどうかがな。だが、あの言葉を聞いた時、お前にならスラヴェニアという国を治められると思った」

「その言葉こそ、私が聞きたかったものよ、ドレイク」

 ヒルデガルダはドレイクの右手を握った。涙の雫が零れ落ちる。

「吠え面じゃなくて良いのか?」

 最期を間近にしながら、ドレイクは軽口を叩くばかりであった。

 

「御即位おめでとうございます、ヒルデガルダ様」

 ヒルデガルダとフーリが控える部屋に、ヴァンゼルトが入ってきた。

「何の用だ、ヴァンゼルト?」

「はい。忠告に参りました。戴冠の儀式の際、教皇から授けられる聖杯ですが、心神喪失の薬が入っています。決してお飲みになられぬよう御注意下さい」

「わかった。忠告痛み入る」

「いえいえ。全ては陛下の為にございます」

 ヴァンゼルトは恭しくお辞儀する。

「お前のその目だ」

「何でございましょうか?」

「昔、私がそなたを嫌いだった理由だ。子供の私には、頭を下げてもお前の目が見えた。自分の欲望だけを見ている禿鷹の眼。私はお前のその眼が嫌いだったんだ。今もきっと、その眼をしながら頭を下げているのだろう」

「それが何か?」

「何時か、お前は言っていたな。巨悪を討つ、と。だが、私から見れば、お前こそが巨悪だ。自分以外を下等と考え、討つべきと考えるお前こそがな」

「では、私をどうするつもりですかな?」

「どうもしない。言っただろう、振り掛かる火の粉を払うのみ、と。私はお前の存在を許そう。その罪を許そう。だから、お前もお前の中の巨悪を許せ」

 ヒルデガルダは静かに告げる。

「許す? 貴様はまだそんな事を言っているのか?」

 ヴァンゼルトが燃える表情で呟く。

「強制はしぬ。議論もせぬ。既に余は女王じゃ。お前とは身分が違う」

 そして、ヒルデガルダは部屋の外に出る。

「女王陛下、儀礼の服を着付けなくてはなりません。その鎧姿で戴冠式に出れば、愚か者の謗りを受けてしまいます。お戻りを!」

「いいや、結構じゃ。この姿のままで良い」

 鎧姿のヒルデガルダは戴冠式に向かい、ヴァンゼルトと決別した。

                                                             (了)

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